劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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最早その程度の価値しかない


マスコミへの対応

 謎の怪人によってトーラス・シルバーの正体が暴露されたその日、第一高校には、朝からマスコミが押しかけていた。さすがに登校時間には間に合わなかったが、二限目が始まる頃には、一高の出入り口は正門も通用口もマスコミで固められていた。

 記者は達也に対する取材を要求したが、学校側はこれを悉く拒否。凶悪な違法行為を犯したわけでもないのだから、未成年のプライバシー保護の重要性を考えれば当然の事だが、取材を拒否されたくらいでマスコミは諦めたりしなかった。いや、学校の許可など最初からどうでもよかったのかもしれない。午前の授業が終わり昼休みになっても、大勢のマスコミが一高の敷地を取り囲んでいた。

 

「まだいますよ……」

 

「というより、増えているみたい」

 

「通用門の前も記者で溢れてるよ……」

 

 

 泉美と香澄に続くように、ほのかが弱気な声で付け加える。光を屈折させて視線を通用口に通しているのだが、この校則違反を咎める者はいない。

 

「問題は下校時間ね」

 

「警察を呼ぶ?」

 

「それは先生方がお考えになる事でしょう。私たちの一存では決められないわ」

 

「そうか」

 

「ですが会長。私たちの力では、無事に帰れないと思います……」

 

 

 詩奈が「私たちの力で」と言っているのは無論、魔法を使わない事が前提だ。自衛の範囲なら魔法の行使も許されるのだが、「報道の自由」を盾に取られたならば、こちらが未成年であることを考慮しても、魔法の行使が合法だと認められる可能性はかなり低いだろう。「ジャーナリズム」を神聖視する悪癖は、所謂「有識者」を中心に根強く残っているのだ。

 

「何か対策を考える必要があるわね」

 

 

 深雪は深刻な表情でそう応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一高同様にマスコミが押しかけてきたトーラス・シルバーの勤務先であるフォア・リーブス・テクノロジーには、露骨にカメラを向けるリポーターチームも多かった。報道機関の肩書があっても業務妨害だと訴えられそうな勢いだったが、それも午後には一段落した。記者やリポーターの中で、いきなり良識が目を覚ましたわけではない。

 午後二時、FLTからマスコミに取材申し込みに対する回答があったのだ。

 

「四日後にトーラス・シルバーの記者会見を開きます。金曜日の朝十時、当ビル一階でトーラス・シルバーの記者会見を実施しますので、本日はお引き取りください。お引き取りいただかない方は記者会見の入場をお断りさせていただきます。また、当社のみならず国立魔法大学付属第一高校の生徒さんから取材に関してクレームがあった場合も、関係者の入場をお断りする事があります」

 

「報道の自由を侵害するのか!」

 

 

 広報担当の若い女性が声を張り上げて告げた言葉に反発する者も多少はいるが、意外な事に同じ立場である他の記者から制止が掛かった。余計な騒ぎを起こして記者会見が中止にでもなったらどうしてくれるんだ、という理由だった。

 マスコミたちが引き上げた頃、FLT開発本部長室では、この部屋の主である司波龍郎が四葉本家の使者を迎えていた。

 

「マスコミのお相手、ご苦労様でした」

 

 

 二十代半ばの青年が、丁寧な口調ながら自然に見下す態度で龍郎を労わった。

 

「いえ、私は広報に指示しただけですから」

 

「ご謙遜を。なかなか見事なご差配でした。その調子で金曜日も余計なトラブルが起らぬよう、お手配願います」

 

「お任せください」

 

「結構。では私はこれで」

 

 

 満足げに頷き、花菱兵庫が本部長室を後にしようとする。その背中を、龍郎が躊躇いがちに呼び止めた。

 

「……一つ、お聞かせ願えますか」

 

「何でしょうか」

 

 

 兵庫は薄らと笑みを浮かべて、その声に振り向く。龍郎は兵庫の視線から目を逸らした。兵庫は龍郎を急かす言葉を口にしない。龍郎は秒針が半周した後、漸く逡巡を振り切って口を開いた。

 

「……本家は、あの子をどうするつもりなんですか」

 

「あの子、とは? もしや達也様の事ですか?」

 

 

 喉と舌の動きを妨害する葛藤でもあるのか、龍郎は唇を震わせるだけで兵庫の問いに答えない。

 

「さぁ? 私は新参の若輩者ですので、ご当主様がどのようなお考え持っていらっしゃるのか測りかねます。それに達也様は四葉家次期当主様。そのお役目は、達朗殿が気になさることではないかと」

 

 

 慇懃な口調の裏に「お前はその若輩者以下だ」という蔑みが隠れている。

 

 

「わ、私はあの子の父親だったんですよ!」

 

「それが何か? 達也様が次期当主に決まった事で、龍郎殿の役目は終わりました。良かったではありませんか」

 

「な、何を……」

 

「龍郎殿は達也様がお嫌いだったのでしょう? もう親子として振る舞う必要は無くなったのですよ?」

 

 

 龍郎は兵庫に、何も言い返せない。達也の実母は真夜で、実父も自分ではないという事を聞かされ、龍郎はそれなりにショックを受けていたのだ。

 

「龍郎様が達也様に親として愛情を注いでこられたのであれば、本家もその絆を尊重したことでしょう。ですが貴方は――あなた方は達也様を疎んじていた。今の関係は、龍郎殿が望まれていたものであるはずです」

 

 

 龍郎に反論の言葉は無かった。彼は兵庫の言葉を否定出来なかったのだ。

 

「では、金曜日の記者会見の件、よろしくお願い致します」

 

 

 最後にもう一度慇懃な口調で龍郎に告げ、今度こそ兵庫は本部長室を後にしたのだった。




重役が聞いてあきれるな

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