劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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マスコミ程度じゃビビるわけがない


救世主登場

 自分の発言が深雪の気分を害している事に雫は気づいていたが、だからと言って引き下がろうとはしなかった。むしろ端で聞いていたほのかや幹比古の方がオロオロしていた。

 

「深雪の責任感は理解出来る。でも今回は止めた方が良い」

 

 

 雫の父親である北山潮は大企業のグループのオーナーだ。潮くらいのレベルになるとマスコミも遠慮して、露骨な攻撃を仕掛けてくることは滅多にない。だがそれでもマスコミ対策には常に気を配ってきた。そんな父親の姿を、全てではないにしろ見てきただろうか。雫はこの場にいる誰よりもマスコミの力を恐るべきものだと評価しているようだ。

 

「そうは言っても……」

 

 

 このまま何もしないわけにはいかない。深雪はきっと、そう続けるつもりだったのだろう。しかし彼女は不意に、報道陣の背後に目を向けそのまま固まってしまう。

 

「……深雪先輩?」

 

 

 泉美が声をかけても、深雪は眼を張って硬直したままだ。泉美の声が、意識に届いていない。異変を感じて、全員が深雪の見ている方へ顔を向ける。注意力を傾けた所為か、深雪以外の者にも自走者が接近しているのが分かった。

 

「まさか……?」

 

 

 誰が近づいてきているのか分かったのは、もう彼女だけではなかった。不意に、深雪が校門へ向かって駆け出そうとしたが、その腕を背後から水波が掴んだ。深雪がハッと振り向き、我を忘れていた彼女の瞳に自制の光が戻る。深雪が水波に微笑みかけると、水波は深雪の腕を離して一礼する。

 深雪が落ち着いた足取りで歩きだし、その後ろに水波が続いた。ほのかと雫、香澄と泉美、詩奈と侍朗が目を見合わせて深雪と水波を追いかける。最後尾は、残念ながらあぶれてしまった幹比古だ。十三束や琢磨は、並木道に入らず前庭に残った。

 一方、校門付近に集中して屯していた記者、リポーター、カメラマンは、電気自走車(エレカー)の接近に気付いて道を空けた。交通妨害を理由に逮捕というのは最近の警察が好む手口で、微罪とはいえ明確な違法行為なのでマスコミも文句を言いにくい。それにエレカーの入構に乗じて校内に侵入できるかもしれない。そんな思惑も彼らにあった。

 エレカーが校門前で止まる。僅かに遅れて、深雪たちが校門の手前で止まる。彼女たちに注目した記者やリポーターは例外的な少数だった。エレカーから降りてきた人影が、報道陣の間にざわめきを走らせる。

 

「……何故……?」

 

「達也さん……」

 

 

 深雪が呑み込んだ「達也様」というフレーズを、深雪の背後で雫が零す。エレカーの運転席から姿を見せたのは、達也だった。

 

「司波達也さん、ですね?」

 

 

 報道関係者にとっても、今日この場に達也が現れるのは完全に予想外の出来事だったのだろう。一高の制服を着た達也は、変装どころか帽子も被っていない。達也の事を取材に来た報道マンならば、見間違えるはずがない姿なのに拘わらず、真っ先に達也へ話しかけたリポーターの口調は、半信半疑のものだった。

 

「そうですが、何か?」

 

 

 一方、達也の返答は落ち着いたものだった。しらを切っている印象すらない自然な口調だ。

 

「……貴方がトーラス・シルバーだというのは事実なんですか?」

 

 

 マスコミの取材を受ける心当たりなど無いと言わんばかりの無表情に、リポーターは一瞬怯んだが、すぐに機を取り直して持ち前の図々しさを発揮したが、達也の回答は「はい」でも「いいえ」でもなかった。

 

「報道機関には既に連絡が言っていると思うのですが、金曜日にFLTの本社でトーラス・シルバーの記者会見が行われます。疑問があれば、その席でお尋ねください」

 

 

 達也の声はマイクを突きつけてきたリポーターだけでなく、かなり遠くまで届くものだった。報道陣の一番後ろの列まで。閉ざされた校門の向こう側まで。

 

「記者会見だって? また思い切った事を……」

 

 

 感心しているのか呆れているのか、恐らくその半々の声で幹比古が呟く。深雪は目を見張り口に片手立ち尽くしている。

 達也が深雪に目を向けた。幹比古の声を耳にするまでもなく、彼は門扉の向こう側に立つ深雪たちに気付いていた。

 

「道を空けてください」

 

 

 校門の前を塞いでいる記者の集団に要求する達也。声を荒げたわけでも大声を張り上げたわけでもない。その声に威圧的な響きは、一切無かった。それにも拘わらず、彼の行く手を遮っていた記者とリポーターはよろめくように後退った。彼らの一部は自らの弱気を恥じるように、顔を赤くして達也の前に立ち塞がった。

 

「貴方がトーラス・シルバーということ良いんですね!」

 

「どちら様ですか?」

 

「はっ?」

 

 

 達也は記者の決めつけに、感情の籠っていない問いかけを返した。達也の質問は、記者にとって思いがけないものだったようだったが、その記者は数秒間抜け面を曝した後、誇らしげに大手新聞社の社名を名乗った。

 

「そうですか。フリーの方でないならば、会社から聞いているはずですが」

 

「何をですか!?」

 

 

 その記者は見た所三十前後。十歳も年下の少年が余裕ある態度を崩さないことが気に食わないのだろう。記者は喧嘩腰で達也に反問した。

 記者を見返す達也の瞳には、苛立ちや怒りどころか、蔑みも憐みも浮かんでいない。喩えて言うなら、路傍の石ころを見る目付きだった。




たぶん石ころ以下だと思いますが

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