劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也が出れば、とりあえず落ち着きますから


迎えの理由

 警備員が駆け寄ってくる。達也は警備員が到着するまで、プッシュダガーを持つ男の右腕を踏みつけていた。テロリストが無害化された事で漸く、思い出したように報道陣の間にざわめきが走った。

 

「今、魔法は?」

 

「反応が無い」

 

 

 こんな内容の会話が、言葉遣いを変えてあちらこちらから聞こえる。彼らは達也が、魔法を使わずに暴漢を取り押さえたことに驚いていた。

 銃弾を受け止めた際には魔法を使っていたのだが、彼らが持つセンサーでは達也の魔法を感知出来なかったのだ。魔法師が、魔法を使わずに拳銃の弾を掴み取り、ナイフを持った男を無傷で捕らえた。記者もリポーターもカメラマンも、それをどう理解して良いか分からず立ち尽くす。

 その隙に達也は校門を潜り、深雪と水波、ほのかと雫を連れ出し、香澄に何かを耳打ちした。達也は深雪を助手席に、三人を後部座席に乗せ、自分は運転席に座って車を出す。報道陣はエレカーの前から反射的に跳び退いた。

 

「……達也様、いつの間に免許を取られたのですか?」

 

 

 聞きたい事はいろいろあるはずだが、深雪が真っ先に質問したのはこの、比較的どうでも良い事だった。今でも四輪免許の取得条件は満十八歳以上。だが昔と違って抜け道がある。業務上の必要が認められ、かつ事業者の保証がある場合は、二輪免許と同様に義務教育終了を以て四輪免許も取得可能だ。例えば克人は、十文字家が経営する土木建設会社の業務に必要という名目で一高入学直後に普通乗用車の運転免許を取っていた。この免許には運転に当たって、同乗者も必要ない。もっとも、検定試験は通常のものよりもはるかに難しくなる。

 達也はこの特例を使っていなかった。トーラス・シルバーとして働いている事は秘密なので――現下の状況では「秘密だった」と言うべきかもしれない――「事業者の保証」という条件をクリア出来なかったのだ。

 

「伊豆に移ってすぐに。やはり、四輪の方が何かと便利な事が多い」

 

「存じませんでした……教えてくださっても良いのに。達也様、水臭いです」

 

「ハハッ、すまん」

 

 

 可愛く拗ねた深雪に、達也が横を向いて軽く謝罪する。自動運転中だからこそ出来る真似だ。この他愛もない遣り取りで、深雪は漸く気分が解れたようだった。

 

「何故、迎えに来てくださったのですか? マスコミの前に姿を見せるというリスクを冒してまで」

 

「達也さんが迎えに来るのは、かなりリスクが高いと思うけど……四葉家の人間に任せるならまだ分かるけど」

 

 

 深雪の疑問に雫が追加の質問を重ねる。ほのかも雫と似たような感想なのか、不思議そうな目で達也を見つめていた。

 

「生徒会長だから、生徒会役員や風紀委員だからという理由で、深雪や雫たちがしなくても良い苦労をしていると思ったからな。こんなつまらない事でお前らに負担を掛けるのは忍びない」

 

「達也様……」

 

 

 深雪が何時もの様に陶酔の表情を浮かべ、雫とほのかは嬉しそうに微笑み、水波が不自然に表情を消した。

 

「それで、本当の目的は何だったのですか?」

 

 

 深雪は軽く酔っているような声で、達也の真意を尋ねた。鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、水波が瞬きしている。彼女はまさか、深雪が達也の言葉の裏を疑うとは思っていなかった。

 

「心外だな。俺は嘘など吐いていない」

 

「ですが、それだけではないのでしょう?」

 

 

 達也は、セリフとは裏腹に声は笑っていた。深雪の声も笑みを含んでいるが、誤魔化される気は無いようだった。

 

「マスコミに釘をさす意図はあった。今後も無遠慮に嗅ぎまわっていると、大事な取材が出来なくなるぞ、と。俺がマスコミを恐れていないと見せつけるのも目的だった。だがあくまでも本命は、今日、一高が被っている迷惑行為を解決してお前たちの負担を減らす事だ」

 

「……分かりました。そう理解しておきます」

 

 

 深雪は言外に「納得してはいませんよ」と告げながら、一旦矛を収めた。

 

「そう言えば、香澄ちゃんには何を伝えたのですか?」

 

 

 達也の裏を知ることを諦めたからか、深雪はもう一つ気になっていた事を達也に尋ねた。

 

「他の婚約者たちにも迎えを寄越す手筈になっているから、それを伝えておいてくれと」

 

「達也さんが全員に伝えた方が早かったのではありませんか?」

 

「だがそれだと時間が掛かりすぎる。マスコミ連中が大人しく帰るとしても、俺が残っている限り完全に撤収するかどうかは怪しいからな。だから手近にいたほのかと雫だけを乗せたんだ」

 

「深雪と水波は決定だったんだね」

 

「俺の縁者という事で、マスコミのターゲットになる確率が他の婚約者より高いからな。亜夜子はあまり顔が売れていないからそこまで心配してないが」

 

「報道各社には、ウチの会社からも抗議文を送っておく。たぶん少しは効果があると思う」

 

「大企業でもある雫のウチからクレームが入れば、さすがに『報道の自由』を盾に屁理屈をこねる事は出来ないだろうな」

 

「FLTも十分大企業だと思うけど」

 

 

 FLTの内情を詳しく知らない雫はそんなことを言ったが、深雪は苦笑いを浮かべていた。FLTが大企業に見えるのは、四葉が裏で手を回しているのと同時に、開発第三課の功績のお陰――すなわち、達也のお陰なのだから。

 

「先に調布に寄ってから、ほのかたちを送ろう」

 

「逆でも良いんですよ?」

 

 

 少しでも長い時間達也と一緒にいたいという深雪の思いは、達也以外にも伝わっているので、車内に呆れたような空気が流れたのだった。




ちょっとでも甘えたい深雪

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