劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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腹黒い二人だなぁ


二人の悪だくみ

 達也の思惑通り、一高を取り囲んでいた報道陣は姿を消した。「速やかに」と言える程引き際は良くなかったが、達也のエレカーが去って三十分もした頃には記者もリポーターも全員引き上げていた。立ち去ったふりをして物陰に隠れ、通りかかった一高生を捕まえて取材を強要する等という通り魔じみた真似をする記者もいなかった。一高の生徒は――生徒だけでなく職員も――マスコミに煩わされること無く無事に下校出来た。やはりトーラス・シルバーの記者会見から締め出されるという脅しは有効だったようだ。

 深雪たちを家に送った後、一高を見張っていた者からそれを確認して、達也は伊豆に戻った。なお第一高校を見張らせていたのは、達也ではない。ただ彼はその手配したものから情報を得るコネを持っていた。

 伊豆に戻った達也は、一足先に別荘で達也の帰りを待っていた情報提供者と居間で向かい合っていた。

 

「兵庫さん、今日はいろいろとご苦労様でした」

 

「達也様こそ、お疲れ様でございます」

 

 

 椅子に腰かけている達也に対して、兵庫は立ったままだ。無論達也が立たせているのではなく、兵庫が頑なに座ろうとしないだけである。また達也が「兵庫さん」と呼んでいるのは親しくなったからではなく、兵庫と同様に四葉家の執事をしている彼の父親と区別をつける為だった。

 

「いえ、俺は深雪たちを迎えに行っただけですから。ああ、暴漢の情報もありがとうございました」

 

 

 暴漢の情報というのは、達也を銃撃したテロリストの件だ。実を言えば達也は、兵庫から前以て一高に押し寄せる報道陣の中に暴漢が紛れていると知らされていた。

 

「あれでよろしかったのでしょうか」

 

「そうですね。一人しかいなかったのは予想外でしたが」

 

「深雪様が流れ弾でお怪我をされるようなことがあってはと、あらかじめ間引きしておきましたが……余計な真似でございましたか」

 

「間引きしていたんですか。なるほど……いえ、その判断は妥当だと思います」

 

「恐縮です」

 

 

 兵庫が胸に手を当てて一礼する。

 

「達也様が銃撃されたのを見て、マスコミの間にも多少動揺が見られるようです。彼らの内部では、反魔法主義者と武装テロリストを短絡的に結び付ける論調も見え始めた、という報告を受けております」

 

「少しは、わざと撃たせた甲斐があったようですね」

 

「人が撃たれる光景は、銃になれていない者にとっては、例え被害者が仇敵であってもショッキングな代物です。特に今回、達也様は銃弾の形を残したまま受け止められましたので、凶悪な印象はより強いと思われます。影響はこれからじわじわと浸透していくのではないかと存じます」

 

「怪我をした方が良かったでしょうか」

 

「そうでございますね。しかし達也様が血を流されると深雪様が悲しまれますので、お止めなった方がよろしいかと」

 

「確かに。深雪が逆上して暴走させるようなことがあっては、逆効果だ」

 

 

 達也は微かに失笑し、兵庫は瞼を閉じて軽く一礼した。二人が話しているように、達也がテロリストに撃たれたのはわざとだ。テロリスト自体はやらせではないが、もし襲撃計画が無かったら二人が自作自演していた可能性もある。

 

「当初の予定では、魔法師に纏わり付いていたら反魔法主義者の襲撃の巻き添えを食う可能性があると、理解してもらうだけで十分だったんですが」

 

「その警告は伝わったと思われます。反魔法主義者が憎むべきテロリストであることも、記事になるよう手を回す所存です」

 

「お任せします」

 

「かしこまりました」

 

 

 再度胸に手を当ててお辞儀する兵庫は、裏工作を企み実行するのが楽しいのか、嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「そう言えば、FLTの方でも兵庫さんが手を回して広報を動かしたんですよね」

 

「私はただ、龍郎殿にお願いしただけです」

 

「本部長が良く素直に言う事を聞きましたね。青木さんなら兎も角、兵庫さんのいう事なら突っぱねる可能性も考えていたのですが」

 

「あの方に四葉家の使者を名乗った私に対して、反抗的な態度を取る度胸は無いように感じられました」

 

「まぁ、面倒な事になるのは目に見えていますからね」

 

 

 龍郎が保身に走る傾向がある事は、達也も知っているし、本部長という地位すら危うくなっていると錯覚している今なら、よりその傾向が強いだろうという事も達也は理解している。達也としては、FLTの筆頭株主となっている龍郎をどうにかしようなどと考えてはいないのだが、どうやら龍郎夫婦はそう思っていないようなのだ。

 

「散々達也様を蔑ろにしていたのですから、怯えているのも分からなくはないですが、自業自得だとは思えないのでしょうか?」

 

「あの人たちは自分たちの方が優れていると思い込んでいたからな。俺の事など、部品の一つとしか思って無かったんだし」

 

「そう言えば、龍郎殿は達也様を四葉家がどう扱うのかを気にしておりました」

 

「そうですか」

 

「無論、龍郎殿には関係ないという事で何も話しませんでしたし、私如きが知っているわけがないとお伝えしました」

 

「それで構いません。今後もそのようにお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 

 もう一度一礼してから、兵庫は裏工作を実行するべく別荘を後にしたのだった。




達也は知ってたけど、兵庫もなかなか……

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