劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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バレるって思わないんでしょうかね


不審者の正体

 不審人物の訊問を完了した夕歌は、小屋に戻って真夜に報告の為の電話を掛けていた。

 

「ご当主様、結界の構築は滞りなく完了しました」

 

『ご苦労様』

 

「それから達也さんを見張っていた曲者を発見しましたので、捕らえて訊問しました」

 

『まぁ』

 

 

 真夜は軽く目を見張っているが、唇の両端は笑みの形に吊り上げられている。

 

『素性は分かりましたか?』

 

「富田家の術者でした」

 

『百家の富田……あそこは魔法協会の専属のような立ち位置でしたね』

 

「はい。達也さんを監視していたのも、魔法協会の差し金でした」

 

『そう……』

 

 

 真夜が艶やかな笑みを浮かべてゆっくりと頷く。夕歌は背筋が凍り付きそうな寒気を覚えていたが、神妙な表情は何とか維持した。

 

「富田家の術者は、危害を加える意図は無かったと供述しました。魔法協会はどうやら、達也さんが何処かに行方をくらますと考えていたようです」

 

『そうですか』

 

「術者の身柄は押さえてありますが、如何致しましょうか」

 

『解放しなさい。記憶の処理も必要ありません』

 

「……よろしいのですか?」

 

『ええ。私たち四葉家は決して身内を見捨てない。その事を魔法協会が思い出してくれると良いのだけど』

 

「(白々しい)」

 

 

 夕歌は思わず、心の中で呟いていた。口に出さなかったのがせめてもの分別だ。去年まで達也が置かれていた境遇を思い出せば、不適当な感想とは言えない。

 いや、過去の事だけではない。十文字家当主との決闘は、四葉家次期当主になる者として一人で立ち向かわなければならない戦いだったと夕歌は考えている。だが陸軍情報部の謀略に対し四葉家として実質的な対抗手段を執らなかった事については、随分薄情だと夕歌は感じていた。

 

『以上ですか?』

 

「任務とは関係のない事なのですが」

 

 

 真夜の問い掛けを受けて、夕歌は余計な事など何も考えていなかったように、すぐ応えを返した。この種の強かさは、次期当主候補だった四人――達也が候補になったのは直前なので除外する――の中で夕歌が一番だ。

 

『構いませんよ』

 

「深雪さんの方に残っていた封印が消失した件を、母が気に掛けております」

 

『気に掛けている、とは控えめな表現ね』

 

 

 真夜に混ぜ返されても、夕歌は反駁しなかった。夕歌の母親の冬歌は自分の魔法技能にプライドを持っている。魔法師であれば誰しもそう言うところはあるが、彼女はその面が特に顕著だ。それを知っていれば、誓約を破られて冬歌がヒステリックになっているという事くらい、真夜でなくても推測は容易い。

 

「ご当主様は、問題無いとお考えなのですか?」

 

 

 反論する代わりに夕歌は、真夜の真意を端的に尋ねた。

 

『誓約を完全に解呪した事? そうねぇ、全く問題が無いとは思わないけど……もう、仕方がないのではなくて?』

 

「仕方がない、ですか……」

 

 

 真夜の答えは夕歌の意表を突いた。

 

『原理的に解呪が可能だと分かっていたけども、達也さんが深雪さんを危険に曝してまで実行に踏み切るとは予想出来なかったでしょう?』

 

「ええ。それは、そうです」

 

『それにもう、達也さんに誓約を掛け直す事は出来ないのだし』

 

 

 真夜の指摘を、夕歌は認めざるを得なかった。誓約はそれを掛けられる者だけでなく、術式を維持する者にも大きな負担を与える。解呪の際の反動だけではない。誓約が作用している状態では、日常的に術式維持者の魔法技能を損ない続ける。深雪の魔法技能を低下させる魔法を、今の達也が許容するはずはない。

 

『出来ない事に拘っても、現実逃避にしかならなくてよ?』

 

 

 真夜のこの発言は、誓約を完全に破られて逆上している夕歌の母親に対する、一般論の皮を被った辛辣な批判だった。

 

「そう、ですね……仰る通りだと思います」

 

 

 それを理解しながら夕歌がこう応えたのは、上下関係でそうせざるを得なかったからではなく「現実逃避」という言葉に納得してしまったからだ。

 

『冬歌さんには葉山さんから説明してもらったんだけど、それでも納得出来なかったようね』

 

「母はプライドが高い人ですから……たとえ達也さんの方が優れていると分かっていても、自分の魔法が完全に消去されたのは受け入れがたいのではないかと」

 

『たっくんの事は分家の皆さまには前々から伝えているのにねぇ……冬歌さんは他の方たちとは違って受け入れていたはずなのに』

 

「それが分かっているから、娘の私に愚痴を零すだけに留めているのだと思いますよ。もし黒羽の小父様だったら、もっと騒いでいたでしょうし」

 

『貢さんにも受け容れちゃえば楽になると言ってるんだけどね』

 

 

 未だに達也の事を認められないのか、黒羽貢は前ほど露骨にではないにしろ、達也の事を排除すべきだと唱えている。その事は真夜の耳にも入っているのだが、貢が本気で実行に移さない限り放置しても問題ないと考えているのか、今のところ何の動きも見せていないのだ。

 

『それじゃあ引き続き、達也さんを狙う不届き物がいないかどうかの監視をお願いします』

 

「かしこまりました」

 

『達也さんが許可するのなら、たまに会うくらいなら黙認します』

 

 

 最後にそれだけ言って、真夜は夕歌の反応を見ずに電話を切ったのだった。




真夜さんも人が悪いですから

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