劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也なら出来なくもないか……


独裁者にしない為には

 個室の外からウエイターの声が掛かった為、二人はいったん会話を中断し、冷酒のグラスが並んでウエイターが退室したのを見届けて、話を再開した。

 

「黒羽さん。私は、父やあなた方に賛同できません。達也君を敵視するのは、間違っている」

 

「だが、あの男は危険だ」

 

「一人の人間が世界を破滅させる力を持つ。一人の権力者が、世界を破滅させるスイッチを持つ。一つの政府が、世界を破滅させる戦力を持つ。この三つは、特に前者二つと後者一つは性質が異なるように見えますが、本質的には同じものです。どんなに民主的な国家であっても、戦力はすぐに行使出来る状況になっています。そうでなければ意味がない。民主的な手続きを取っているうちに国そのものが滅ぼされてしまっては、戦力を保持する意味がありませんから。シビリアンコントロールは、恣意的に軍を動かせば失脚すると権力者を牽制するものであり、いったん行使された戦力の継続的な行使を止めさせるものです。どんな場合でも事前に、完全に戦力の行使を止める事が出来る制度は、純粋な自衛すら不可能にしてしまう」

 

「それでも、歯止めが全くないよりは、有った方がいいだろう。たとえ牽制にしかならないとしてもだ」

 

「仰る通りです。だから大量破壊兵器を独裁者に持たせてはならない。軍事力はシビリアンコントロールの下にあるべきだ。ですが、黒羽さん。民主的な選挙で選ばれた権力者であっても、戦略核ミサイルの発射キーを回す事は何時でも出来るんですよ。鍵が複数に分けてあっても、権力者は有権者の支持を背景に、その所持者を選べるんですから」

 

「……それは極論だ」

 

「達也君が世界を滅ぼすというのも、極論です」

 

「そこまで言うなら、独裁者が大量破壊兵器を使用するというのも極論だろう」

 

「いいえ。独裁者は、組織内部に自分を止めようとする者がいないから独裁者なのです。そこが個人とは違う。個人の心の中には介入出来ない。個人が何を思い何を決断しても、他人がそれを止める事は出来ない。ですが独裁者でない個人ならば、止めるよう働きかける事は出来る。思いとどまるよう、牽制する事が出来る。説得をすることが出来るのです」

 

「……個人は、独裁者より民主的政府の権力者に近いと言いたいのか」

 

「一人で生きている、いえ、一人で生きていると思い込んでいる個人は、独裁者に近いでしょう。しかし、誰かと共に生きる事を望む者、人は独りでは生きられないと知っている個人は、独裁者にはなれない。自ら独裁者になろうとしない限りは。あるいは、独裁者に祭り上げられない限りは」

 

「……」

 

「黒羽さん。達也君を独裁者にしてはならない。真に世界の未来を案じるならば、彼を独りにすべきではないのです。失礼ながら、あなた方のやろうとしている事は逆効果としか思えません。この国の戦力を損なうだけではない。この世界の未来まで損なおうとしている」

 

「……それは、君の考えか?」

 

「この場に父ではなく私が来た。この事実から、お察しください。黒羽さん。どうか、現実的になってください」

 

 

 席を立ち椅子に座ったままの貢にそう言い残して、勝成は琴鳴が食事の支度をして待つマンションへの帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貢と勝成が喧嘩別れのような恰好になった頃、京都の魔法協会本部では、協会会長の十三束翡翠が個室のデスクで頭を抱え込んでいた。彼女の目の前には、またしてもわざとらしく書面で届けられたUSNAからの要望書。そこにはエドワード・クラークの来日計画と、トーラス・シルバーこと司波達也との面会をセッティングして欲しい旨が書かれている。

 

「あーーーっ、もう! 私にどうしろって言うのよ!?」

 

 

 翡翠がデスクの天板に向かってヒステリックに叫んだ。

 

「何をすればいいかなんて分かってるわよ! 司波達也さんとの面会をセッティングすればいいのでしょう!」

 

 

 頭を抱えたまま、自分自身にツッコミを入れる。翡翠の思考は煮詰まり過ぎて鍋底に焦げ付いている状態だ。

 

「分かっていますよぉ……」

 

 

 遂に翡翠は、デスクに突っ伏した。

 

「でも私にはそんな権限、無いんですけど」

 

 

 デスクに顔を付けた状態で、翡翠は深く、長いため息を吐く。

 

「お断り……なんて、出来るはずありませんよねぇ……」

 

 

 翡翠は気怠そうに身体を起こした。

 

「今週の土曜日……急な話ですけど、それ以上に嫌な予感がするのは」

 

 

 彼女は脇机に置いた小型ディスプレイに目を向けた。そこには、最近のニュース一覧が表示されている。

 

「前日にトーラス・シルバーが記者会見? よりによって前の日に? いったい、何を話すつもりなのよ?」

 

 

 絶対にろくでもない事だ、と翡翠は心の中で決めつけた。

 

「何で私が会長をやってる時に限って……」

 

 

 彼女の頭は、再びデスクの上に沈んだ。

 

「そう言えば、鋼が司波達也さんと親しくしてるって聞いたことが――ダメダメ! 子供を大人の世界の面倒に巻き込むなんて」

 

 

 そこだけ聞けば立派な母親のようにも聞こえるが、達也が息子と同い年の高校生という事を棚上げしている時点で、同情の余地はないのだった。




達也と十三束が同い年に見えないのは何故だ……

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