無頭竜東日本支部から少し離れたビルの屋上から、達也はCADを構えながら響子に話しかける。
「あれがジェネレーターですか?」
「そうよ。捕らえたのと特徴も一致してるし、何よりアレだけ慌しくしてるのに全くの無表情だもの」
「兵器として作られた魔法師の成れの果てですか……言い過ぎですね」
達也の事を響子が睨むように見ていたので、達也は自分の感想を撤回した。
「達也君、君が気にしてるのは知ってるけど、あまり気に病んじゃ駄目よ」
「別にそこまで気にしてませんし、俺にそう言った感情は残されてません」
「………」
達也の自虐とも取れる言葉に、響子は言葉を失った。彼に感情と呼べるものは殆ど無く、だが今はその数少ない感情が表れているのだと理解出来るくらいに、響子は達也と親しいのだ。
「電波の収束は終わってますか?」
「もちろんよ。無線通信は全て此方に繋がるようにハッキングしたし、有線通信は真田大尉が切断済みです」
「さすが『
「達也君なら出来ると思うけど、褒められて悪い気はしないわね」
響子の反応に少し笑みを浮かべ、達也は表情を改めた。無頭竜東日本支部があるビルに向け照準を合わせ、無慈悲なる魔法を発動させる。
「『トライデント』……身の毛もよだつとはこの事よね」
響子の言葉で分かるように、達也本来の魔法は一般人が見たら卒倒するほどの迫力があるのだ。
達也が魔法を発動させる少し前、無頭竜東日本支部の人間は荷物を纏めるのに勤しんでいた。
「まさかジェネレーターが収穫ゼロで捕らえられるとは」
「しかも日帝軍の特殊部隊がしゃしゃり出てくるとはな」
「おかげで我々は夜逃げの真似事だ」
「そんな事より、我々の計画を悉く邪魔した餓鬼の始末の方が先だろ」
「何て名前だ」
「『司波達也』だ」
片付けの手を休める事無く、無頭竜のメンバーは達也のデータに目を通す。
「何だこのデータは。もっと詳しくは調べられないのか」
「どれだけデータバンクをハッキングしても、『司波達也』のデータはこれしか出ないんだ」
「日本は比較的パーソナルデータがしっかりしてるはずだろ。これだけな訳が無いだろ」
「だが出ないものは出ない。まるで何かを隠してるのかのごとくこのデータしか表示されないんだ」
「ただの餓鬼じゃないと言う事か……」
誰かがつぶやいたのとほぼ同時に、ジェネレーターの一人が苦悶の声を上げた。彼が張っていた魔法障壁が破られたのだと全員が理解したのだが、事態はそれ以上だということをすぐに理解させられた。
ジェネレーターの身体にノイズが走ったように思えた次の瞬間には、そのジェネレーターは跡形も無く消え去り、僅かに残ったリンが燃え送り火のように空中に現れスプリンクラーを作動させた。
「何処だ! 何処からだ十四号!」
仲間がやられたのにも関わらず、ジェネレーターは無表情に魔法を放った相手が居る方向を指差す。
無頭竜のメンバーの一人が、ジェネレーターが指差した方向にライフルを向け、スコープの倍率を最大まで上げて相手の顔を確認する。
青年までも行かない、少年のような感じのする男がそこに立っており、口の端を少し上げ笑ったと思った次の瞬間には、スコープが割れその破片がメンバーの片目を奪った。
得体の知れない恐怖に部屋が包まれると、そのタイミングで通信を告げる音が鳴り響いた。
『Hello, No Head Dragon 東日本支部の諸君』
「何者だ!」
声からして十代の少年だという事を理解したメンバーだが、この番号は無頭竜の中でも幹部にしか知らされていないものだ。そして無頭竜には十代はもちろん、二十代の幹部すら存在しない。
『富士では世話になったな。ついてはその返礼に来た』
「十四号、十六号、やれ!」
「出来ません」
「不可能です」
機械は自分たちに出来る事しかやらない。感情がなくなってるからこそ、実力以上を発揮しようとも思わないのだ。
「口答えするな!」
『機械に命令しないで自分でやったら如何だ? まあやらせないが』
その言葉の通りに、ジェネレーターは前の一人と同じく発火現象のみ残して消え去った。
「ヒ、ヒィッ!」
片目を打ち抜かれた幹部が逃げ出そうと出入り口に走ったが、その姿にノイズが走る。仲間はもちろんその本人も自分の末路を理解した。せざる得なかった。
『さて、いよいよ本番だ』
「待て! ちょっと待ってくれ!」
『何を待てというんだ』
幹部の一人が交渉の余地があると思って通信相手に話しかけた。
無頭竜の幹部に、達也は気まぐれで付き合うことにした。
『我々はもう九校戦にはちょっかいを出さない』
「九校戦は明日で終わりだ」
『九校戦だけでは無い。我々は日本からも手を引く。西日本支部の連中も同様にだ』
「お前にそんな権限があるのか? 『ダグラス=黄』」
達也が幹部の名前を呼ぶと、その男は面白いように動揺した。恐らく名前を知られてるとは思って無かったのだろう。だがダグラス=黄は何とか助かろうと言葉を続ける。
『私はボスの側近だ。ボスも私の言葉は無視出来ない』
「ではボスの名前を教えてもらおうか」
達也は、内情から頼まれていた無頭竜の情報を探るべく気まぐれにダグラス=黄の命乞いを聞いただけであって、本来なら一切の容赦無く消すつもりだったのだ。
だが達也の恐怖よりも、長年刷り込まれた恐怖が一瞬上回ったのか、ダグラス=黄は黙りこくってしまった。自分の現状を理解させる為に、達也はCADの引き金を引いた。
『ジェームズ!?』
「ほう、今のが『ジェームズ=朱』だったのか。捜査中の国際警察には悪い事をしたな。さて、次はお前にしようか? ダグラス=黄」
『わ、分かった! ボスの名前は『リチャード=孫』だ!』
「表の名前は?」
『……孫公明』
その後は達也の恐怖に負けてダグラス=黄は洗いざらいしゃべった。
『私の知ってる情報は以上だ』
「ごくろう。此方の聞きたい事も今ので終わりだ」
『じゃ、じゃあ!』
「間違いなくお前は『無頭竜リーダー、リチャード=孫』の側近だな」
達也の言葉にダグラス=黄は表情を明るくしたが、達也の無慈悲なる魔法に再び絶望した。
『『グレゴリー』!? 何故だ! 我々は誰も殺さなかったではないか!』
「お前らが何人殺そうが生かそうが関係無い。お前たちは俺の逆鱗に触れた、それだけがお前らが消える理由だ」
『悪魔め!』
ダグラス=黄の言葉に、達也は口の端を上げて笑った。
「その悪魔の力を久しぶりに引き出せたのは、お前らが俺の感情を引き出してくれたおかげだ。それだけは礼を言っておこう」
『「悪魔の力」……まさか、Demon Right!?』
その言葉を最後に、ダグラス=黄という存在がこの世から消え去ったのだった。
「さて少尉、今の情報は少佐に伝えておいて下さい」
「分かりました……達也君」
「何でしょう?」
顔を隠してたバイザーを外して、達也は響子に聞き返す。
「辛くないの……?」
「別に、俺にはそう思える感情もありませんし」
達也の答えに、泣きそうな表情になる響子だった……
一夜にして数人の悪がこの世から存在を消した……