劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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直接会わせたいけどなぁ……


真夜からの電話

 達也の許に真夜から電話があったのは、夜遅く、二十一時を過ぎてからだった。

 

『こんな時間にごめんなさいね』

 

「いえ、こちらこそわざわざお電話いただき、恐縮です」

 

「気にする必要は無いわ。そういうお約束でしたもの。それに、息子に電話するのは意外と楽しいもの」

 

 

 確かに、東道青波の都合を真夜の方で確かめて連絡をするという話になっていた。だが、真夜が直々に電話を掛けてくるというのは、達也の予想外だった。だが驚きを表面に出す事は無く、達也は何事もなかったような顔で真夜に問いかけた。

 

「東道閣下から、お時間を頂戴出来たのですか?」

 

『ええ、そうですよ。明日の夜七時にお会いくださるようです』

 

 

 真夜は達也の動揺を見透かしたような笑みを浮かべていたが、あえてそれを指摘するような嫌らしい真似はしなかった。

 

「場所は何処ですか?」

 

『九重寺です。九重八雲さんが立ち会ってくださるそうよ』

 

 

 達也は今度こそ、驚きを隠せなかった。真夜は「してやったり」と言わんばかりにクスクスと笑っている。

 

『……ゴメンなさいね。そのお話には私もびっくりさせられたものだから。たっくんでも驚くのね。少し安心したわ』

 

「驚きました。まさか師匠が関わってくるとは」

 

『閣下と八雲さんは以前から懇意にされている間柄だそうよ。縁というのは不思議なものね』

 

「そう思います」

 

 

 口にした返事はあっさりしていたが、達也は内心、大きな驚きと共に強い疑惑を覚えていた。八雲を達也に紹介したのは風間だ。そこに四葉の意思は介在していない。その事は風間からも八雲からも直接聞いている。四葉家と独立魔装大隊、第一○一旅団が四葉家に――十師族に対して懐いている密かな対抗心を考慮すれば、その言葉を疑う必要は無いと思われた。

 だが、八雲と東道青波が親しい関係だという情報を加味すれば話は別だ。達也と八雲は師弟ではない。最初に引き合わされた時、そう決められた。あくまでも魔法格闘戦の訓練相手であり、八雲の方から教える事はしない。質問は受け付けるが、答えられない事もある。それが八雲の許へ通うに当たっての取り決めだった。にも拘らず、達也は八雲から多くの事を教わった。特にパラサイトへの対抗手段として編み出した『徹甲想子弾』は、八雲の協力が無ければ会得出来なかった。

 また「聞かれたら答える」というスタンスは変わらなかったが、どう考えても「答えられない事」に該当するはずの知識を、達也は八雲から数多く授かっている。

 達也はそれを、八雲の気まぐれだと思っていた。八雲の為人をまだよく知らない内は、何か企みがあるのではと感じていたが、自分を四葉家から引き離して、国防軍の手駒にする方策である可能性も疑った。しかし八雲との付き合いを積み重ねるにつれて、そんな疑惑は霧散していった。

 

「(だがそれは、そう思わされていただけだったのではないだろうか?)」

 

 

 八雲が一筋縄ではいかない、いや、今の達也のレベルではまだ手に負えない曲者であることは分かっているはずだったのに、いつの間にか達也は八雲の事を信頼していたのだ。

 

「それでは、明日の夜七時、九重寺に伺います。ありがとうございました」

 

 

 達也は真夜にそう応えを返す裏側で、そんな風に警戒心を募らせていた。

 

『そんなにかしこまらなくても、今は側に誰もいないわよ?』

 

「最低限のけじめは必要だと思います。母子とはいえ、自分と母上の関係は、四葉家当主と次期当主という、普通の関係ではないのですから」

 

『そうだけど、少しくらい甘えてくれたって良いのよ?』

 

「甘えたいのは母上の方ではありませんか?」

 

 

 達也の切り返しに、真夜は笑みを浮かべるだけで、無言で電話を切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイモンド・クラークが「第一賢人」を名乗ってテレビに登場した月曜日当日こそ、「トーラス・シルバー」は人々の興味の的だったが、翌日には早くも大衆の関心が薄れ、水曜日には一般人の間では殆ど話題にならなくなっていた。

 魔法に関わりのある人々の中では、トーラス・シルバーは知らぬ者がいないという程有名人だが、実用レベルで魔法を使える者は、成人後の年齢別人口比でおよそ一万分の一。もっとも、実用レベルの魔法スキルを持たなくても技術者や経営者、政治家、軍人、公務員として魔法に関わりを持つ者もいるから、九十九・九九パーセントの人々が魔法とは無縁に暮らしているという事にはならない。

 最近は反魔法主義という形で魔法と関わっている人が目につくようになった。政治や国防、災害対応で間接的に魔法の恩恵を受けている国民も少なくない。だがそれでも、大多数の人々は魔法と直接関係が無い生活をしている。

 魔法は現代の社会生活に必要なファクターではない。少なくとも、平和に生活出来る社会環境では。だから大衆は罪もない――いや、罪が定かでもない魔法師が迫害されても、無関心を貫く事が出来る。無関心でいる事に、罪の意識を覚えない。トーラス・シルバーを名乗っていた一人の高校生が、その意思に反する未来を押し付けようとされていても、人々にとってそれは三面記事の一つでしかない。

 達也が九重寺を訪れた夜は、世間はまだそんな状況だった。




悪戯成功って、真夜さん子供かよ……

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