劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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偉そうな爺さんですよね……実際偉いのかもしれないですが


スポンサーとの対面

 達也は埃一つ付いていないスーツ姿で本堂に入った。八雲の「悪戯」でついた汚れは『再成』の応用で取り除いている。八雲が案内したのは奥の間。内陣に向かって右側の脇間で、東道青波は待っていた。

 寺に相応しく、頭はツルリと剃り上げられているが、着ているものはオーダーメイドの高級スーツだ。背筋を自然に伸ばして座るその姿は、肩幅が広く下半身もがっしりしている。高齢による衰えは隠せないが、若い頃は堂々たる偉丈夫だったに違いない。

 一方、首から上、禿頭の下は異様だった。灰色の太い眉にドングリ眼。眉目秀麗というタイプではないが、風格のある顔立ちだ。ただ、白く濁った左目が相対する者に異様な圧迫感を与える。異様という印象は、この左目によるものだった。

 達也はその左目に注意を引きつけられた。彼はすぐに、この老人と今年の正月、正確な日付をいうなら一月四日にこの寺で会っていた事に気が付いた。会っていたと言っても、達也が帰る途中の東道を背後から見かけ、東道が振り向いて白く濁った左目を達也に向けたという形で、言葉は交わしていない。

 

「ご挨拶をさせていただいてよろしいでしょうか」

 

 

 達也は下座に座り、まずは頭を下げた状態でそう尋ねた。

 

「許す」

 

 

 東道の返事は、別の人間が口にすれば時代錯誤に聞こえただろう。だが東道の声にそのセリフは、不思議と似合っていた。

 

「初めまして。司波達也と申します。お目に掛かれて光栄に存じます」

 

「東道青波である。四葉達也。会えるのを楽しみにしていた」

 

 

 東道は達也に向かって「司波達也」ではなく「四葉達也」と呼びかけた。東道に向かって頭を下げたままの達也は、その言葉を浴びて微動だにしなかった。

 

「面を上げよ。直答を許す」

 

 

 達也は言われた通り身体を起こした。その状態で目を伏せるのではなく、東道と目を合わせる。「直答を許す」とはそういう意味だと、達也は解釈した。それを咎める声は、東道本人からも八雲からも無かった。

 

「真夜から聞いた。私に説明したい事があるそうだな」

 

「はい」

 

「聞かせてもらおう」

 

 

 達也の態度を咎める事もせず、東道はすぐに本題に入るように求めてきた。

 

「一言で申し上げれば、魔法を利用してエネルギー資源を生産するプラントの建設案です」

 

 

 達也はそう前置きして、ESCAPES計画の説明から始める。東道は途中一度も口を挿まず、達也の話を聞き終えた。

 

「分かった」

 

 

 記者会見をエドワード、レイモンド両クラークの仕掛けてきた情報戦に対する反撃手段としたい、というところまで達也の説明を聞いて、東道はそう応えた。

 

「では、マスコミの前に出る事をお許しいただけますか?」

 

「許可しよう。其方の計画に協力するよう、私の知り合いに声をかけても良い」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そう言いながら、達也は喜びよりも警戒感を覚えた。話が旨すぎると疑ったのではない。無条件なはずがない。どんな条件を付けられるのか。無理難題を恐れたのだ。

 

「ところで、其方に訊ねたい事がある」

 

「何でしょうか」

 

 

 達也は表情を動かさずに応えたが、肩透かしにあった感を否めなかった。彼は東道が、すぐに何らかの要求を突きつけてくると心の中で身構えていたのである。

 東道はおそらく、達也の心の乱れに気付いていたが、そこに乗じようとはしなかった。

 

「其方は先程の説明で、政治的な権力を求めないと言った」

 

「はい」

 

 

 正確には、プラントの運営を邪魔されなければそれ以上の権限を自分から求める事はないと言ったのだが、自分から政治的権力を要求するつもりは無かったので、東道の言葉を敢えて訂正しなかった。

 

「エネルギープラントに限らない。其方の持つ力は、桁違いに強大だ。個人が持ち得る限度を超えているというだけではない。本来であれば、国家以外の組織に許されるものではない」

 

 

 達也は特に反論しなかった。東道の言う通りだと、彼自身も本気で思っている。だからといって達也は、自分の力を捨てるつもりも誰かに委ねるつもりも無いのだが。

 

「其方はその力を何に使う? その力で何を望む?」

 

「快い日々を」

 

 

 達也が迷う素振りも見せず即答する。その答えを聞いて東道ははっきりと、不快げに眉を顰めた。

 

「個人の身に余るその力を、自分の為にのみ使うと申すか。社会の安寧や国家の存続には興味が無いと?」

 

「社会の安寧無くして快適な生活はあり得ません。また現段階において国家の存在は、社会秩序の維持の為に不可欠だと考えます」

 

「私的な快事の為ならば、国家に力を貸す事も厭わぬという事だな」

 

「力を貸すなどと偉そうなことを申し上げるつもりはありませんが……状況に応じて国防や治安維持の為に働くという点は、閣下の仰る通りです」

 

「ならばよい。四葉達也」

 

 

 正面から向かい合った状態で、東道が達也を「四葉達也」と呼んだ。東道の表情を見て、達也は彼が言い間違えているのではなく故意にそう呼んでいると悟った。

 

「其方に求める事はこれまでと同じだ。この国の為、抑止力になってもらいたい」

 

 

 東道の言葉に、達也は戸惑いを覚えたのだった。




表舞台に立ってないのに抑止力とは……さすがはお兄様

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