劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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仕留めるのは無理だろ……


八雲への問い

 達也を山門から送り出した八雲が、奥の間に戻ってくる。東道は達也が去った時と同じ体勢で待っていた。八雲が東道に、お代わりの茶を点てる。東道が茶碗を空にするのを待って、八雲は東道の正面に移動した。

 

「実際に話しをしてみて、如何でしたか?」

 

 

 四葉家のスポンサーという立場から、東道青波は達也に関する詳細な情報を知り得る立場にある。その情報に触れていないという事はあり得ない。達也に関して外側から得られる情報は調べつくしているだろう。その上で実際に会ってみた印象を、八雲は尋ねているのだった。

 

「予想以上に壊れておった」

 

「期待外れでしたか」

 

「壊れているからと言って、使えないことはない。例えば、安全装置が壊れていても、引き金を引けば弾は出る」

 

「使い方次第だと?」

 

「危険ではあるがな」

 

 

 東道が八雲と目を合わせる。その白く濁った左の瞳が、八雲の魂魄に向けられる。

 

「閣下の眼力も、彼には通用しなかったようですな」

 

「――すまぬ。意識しての事ではないのだ」

 

「いえ、お気になさらずに」

 

 

 東道青波は術者の家の出身だ。その家系図が事実であるなら、日本で最も古い霊能力者一族の一つと言える。しかし、術者として自らの術を磨く道より、術者を統べる家の責務を果たす道を選んだ東道青波が、自分の「目」を完全に使いこなせていないことを八雲は知っている。無意識だったというのであれば、言い訳ではなく本当の事だろう。八雲は東道の謝罪を、あっさりと受け入れた。

 

「貴殿が言うように、四葉達也の心底は見抜けなかった。四葉も面白いものを作り出したものだ」

 

「偶然の産物ではありますが、彼は一つの究極ですから」

 

「そうだな」

 

 

 八雲の表現は、かつて東道が使った表現をアレンジしたものだ。これには東道も、苦笑いを禁じ得なかったが、すぐに東道老人は、真顔に戻る。

 

「九重八雲。貴殿に尋ねたい事がある」

 

「はい、何なりと」

 

「いざという時、貴殿の力で四葉達也を仕留められるか?」

 

 

 問われた八雲は、薄らと笑みを浮かべたままだったが、東道の質問を聞き終えて、さすがに笑ってはいられなかった。

 

「さて……先ほど試してみた感触では、勝ち目は六割、と言ったところでしょうか。相打ちを含めれば、七割程度かと」

 

 

 先ほどの試しとは、石階段での一戦だ。あの悪ふざけには、そんな意味合いがあったらしい。

 

「貴殿の技量を以てしても、三割は討ち漏らすか」

 

 

 東道の驚きは、本物だった。だが八雲の答えは、それで終わりでは無かった。

 

「いえ、返り討ちに遭う確率が三割です。拙僧と彼の間に、逃げられるという結末はあり得ないでしょうな」

 

「……果心居士の再来と謳われる貴殿が、逃げる事も出来ないと?」

 

「半年前なら逃げる事も出来たのでしょうが……あぁ、六割というのも今ならば、です。後一年もすれば、拙僧の手には負えなくなるでしょう」

 

「そこまでか……」

 

 

 東道の愕然とした様は、おそらく八雲の前以外では見られぬものだ。東道がそれだけ八雲に気を許しているという事であり、本気でショックを受けているという事でもある。

 

「拙僧を超える程度の力量であれば、驚くに値しませぬよ。彼に対抗し得る若者は、拙僧の知る範囲に限ってみても、一人ですが、心当たりがあります。全世界を見渡せば、十指に収まるという事はあるますまい」

 

「……恐ろしい時代になったものだ」

 

「そうですな……閣下、お茶のお代わりは如何ですか」

 

「もらおう」

 

 

 八雲が東道から茶碗を受け取って炉の前に移動する。慣れた手つきで抹茶を泡立て、無造作に茶碗を差し出した。東道老人もまた、作法を無視した無造作な仕種で茶碗を口元に運び、ゆっくりと呷った。

 

「馳走になった」

 

「お粗末さまでございました」

 

「まったくだ。貴殿はどういうわけか、茶の腕だけは上達せぬな」

 

 

 遠慮のない東道の物言いに、八雲はただ、苦笑いを返した。

 

「また来る」

 

「お見送りしますよ」

 

 

 東道が立ち上がり八雲に告げ、八雲は座ったままそう応えた。

 

「無用だ」

 

 

 東道老人は振り返りもせず、自分の手で襖を開け去っていった。その姿が見えなくなるまで座ったままだった八雲が立ち上がり、茶碗を片付けるために奥の間から出ていく。

 

「やれやれ、達也君も大変な道を選んだものだね……六割というのは、割と見栄を張った答えだったんだけどな」

 

 

 先ほどの手ごたえから、八雲は自分が六割も勝てるとは思っていなかった。良くて五割、下手をすれば五割を切るかもしれないと感じていたのだ。

 

「達也君が周りの事を気にしないで戦ったら、それこそ誰も勝てないだろうしね……勝ったところで、住む場所などが無くなってる可能性の方が高いし……それに、達也君と戦うという事は、深雪くんも同時に相手にしなければいけないわけで、僕にはあの二人を同時に相手して勝てるなんて自信はないんだけどね」

 

 

 東道はあくまでも達也個人を始末出来るかと聞いてきたので、八雲は少し見栄を張った答えを返したのであって、実際に対峙しろと言われたら、それこそ逃げ出すかもしれないと思っている。

 

「達也君は事実上の不死身だし、何度殺しても蘇ってくる相手を始末するなんて、僕には出来ない。致命傷を与えるなんて、こっちも死を覚悟してじゃなきゃ出来ないだろうしね」

 

 

 先ほど自分で思った勝率も、ほとんどが相討ちの確率だと、八雲は達也が成長し過ぎている事を改めて思い、出来る事なら対峙するような局面が訪れなければと思うのだった。




原作以上に手に負えない達也……

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