劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1386 / 2283
もう下半期なんですね……一年が早い


東道と潮

 ホクサングループの総帥、北山潮は財界のみならず政界にも強い影響力を持っている。政府の会合等に呼ばれて自分から出向く事は少なくないが、そんな場合でも事前に予定を聞かれ、彼の都合に日程を合わせてるケースが圧倒的多い。しかしこの日、五月最後の木曜日、北山潮は当日いきなり、都内の高級料亭に呼び出された。彼が他の予定をキャンセルしてその料亭に足を運んだのは、招いたのが彼にも無視できない相手だったからだ。

 東道青波。その名を知る者が極限られている、陰の実力者。良くいる有名なフィクサーとは違って、東道青波は一度も表舞台に出たことが無い。だがその名に触れる縁を得た者は、彼の実力が疑いようのないものであることを思い知らされる。

 潮は幸い、東道が持つ裏の権力に脅かされた事はない。だが潮のライバルだったある新興企業の創業者は、東道の権勢を軽視したしっぺ返しで、その財産を全て失った。普通ならば問題にされないありふれた犯罪で長期の懲役に服すことになり、再起の機会すら奪われた。それを潮は、まざまざと見せつけられた過去がある。

 

「お招きいただき、光栄です」

 

「急に呼びつけて申し訳ない」

 

 

 東道青波は六十過ぎ、北山潮は五十代前半。東道の口調がややぞんざいなものになるのは、二人の年齢を考えれば不自然な事ではない。だが彼らの態度の違いは年齢差によるものというより、手にしている「力」の種類の違い――権力と財力――を反映しているのだと思われる。

 東道と潮は、少しの間当たり障りのない世間話で時間を潰した。東道青波といえど、トップクラスの財界人に対していきなり用件だけを告げるような無神経な真似はしないようだ。

 仲居の目を気にしたという面もあっただろう。東道のような人々が使う店は単に料金が高いだけでなく、食事や酒が美味いだけでもなく、使用人に三猿を徹底的に叩き込む。それでもなお用心を欠かさないのは、それが権謀術数の魔界を生き抜いてきた人間の性というものだからか。結局、東道が話を切り出したのは、珍味を揃えた酒肴の膳が出尽くした後だった。

 

「今日来てもらったのは、ある若者のビジネスに力を貸してやって欲しいからだ」

 

「起業する若者に出資せよという事ですか? 入道閣下の御眼鏡に適うとは、いったい如何なる素性の者ですか?」

 

「貴殿も良く知っている青年だ。戸籍上の名は、司波達也という」

 

「……司波君ですか」

 

 

 一瞬より長い絶句の後、潮は辛うじて、それだけの言葉を返した。

 

「では、新規事業というのはトーラス・シルバーとしての発明に関わるものですか? それとも、核融合炉に関係するものですか?」

 

「後者だ。司波達也は、エネルギー生産の仕事を与える事で、魔法師を兵器の役目から解き放とうとしている」

 

「分かりました。お引き受けしましょう」

 

 

 今度は即答だった。これには東道も戸惑いを覚えたようだ。

 

「もっと考えなくても良いのか?」

 

 

 念を押されても、潮に迷いは生じなかった。

 

「閣下もご存じの通り、私の妻と娘は魔法師です。妻は長い事『兵器』として生きる事を余儀なくされましたが、今はその役目を退いています」

 

 

 無論、東道は潮の妻の紅音の事も、娘の雫の事も知っている。彼は視線で、話の続きを促した。

 

「しかし戦争が起れば、妻だけでなく娘も戦場に駆り出されるかもしれません。総力戦になれば、生産の役に立たない魔法師は、戦力となることを強制されるかもしれない。私はそう恐れています」

 

「戦争以外で役に立つというなら、米国が発表した計画もあるが」

 

 

 無論、東道は本気でディオーネー計画に協力する事を唆しているのではない。このセリフは、潮が何処まで本気なのかを探る観測気球だった。

 

「妻や娘を人身御供にする気はありません。あれは、軍に徴用されるより酷い」

 

「ほう。何故そう思う」

 

 

 今度の問いかけは潮を試すものではなく、本物の好奇心から出たものだ。

 

「ディオーネー計画は魔法師を宇宙に追放するものです。アメリカの意思によるものかエドワード・クラークの陰謀なのか、また如何なる理由によるものかは分かりませんが、彼は司波君を地球から追い出したいようだ。しかし被害は彼一人に止まらない。計画が進めば、それに携わる魔法師は地球で暮らせなくなる。地球に居場所がなくなってしまいます。あれは、そういうプロジェクトです」

 

 

 潮の答えは、達也が出した結論と同じものだった。おそらく、潮や達也が特別なのではない。夢物語のヴェールを剥がせば、同様の推理に至る者は少なくないに違いないだろう。

 

「そうだな」

 

 

 実を言えば、東道もディオーネー計画の隠された意図に気付いていた。

 

「一方、司波達也の計画では、魔法師の居場所は拡大する。エネルギーの生産は戦時にも欠かせない。むしろその重要性は増す。国家のエネルギー供給に司波達也のプラントが組み込まれてしまえば、魔法師を前線で使い潰してエネルギー不足を招くような愚は犯さなくなるだろう。よく考えられている」

 

 

 そして東道が達也のESCAPES計画を最も評価している点は、戦力の供給とエネルギーの供給の間にトレードオフの関係を作り出し、魔法師を兵器として利用したくても出来ない状況を生み出す事にあったのだった。




少し考える頭を持っていれば、すぐにわかるディオーネー計画の目的

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。