達也が考案したESCAPES計画は国防の観点から言えば、決して歓迎される話ではない。だがこれだけで終われば、東道はまさにそれを理由として達也の計画を潰す方に回っていただろう。だが達也は、自分が抑止力となることを受け入れた。
恒星炉を中核とするエネルギー生産システムが世界に普及すれば、他の国は魔法師戦力を失い、マテリアル・バーストという切り札を持つ日本の軍事力が相対的に向上する。次の世代で達也に匹敵する抑止力が生まれるかどうかは不透明だが、その時のことはその時の権力者に与えられた課題だ。東道は今に生きる者として、今に責任を負えば良い、彼は、未来にまで責任を負える等と自己を過大評価していなかった。
「同感です」
一方潮は、魔法師戦力の欠損をあまり気にしていなかった。彼は政治家ではない。魔法戦力が欠けたなら、通常戦力で補えば良いと考えている。彼の会社では兵器を扱っていないが、家族を守る為に必要であるなら、軍需産業に本格参入する事にも躊躇いは無かった。
「司波君の計画について、詳しい話をお聞かせ願えませんか」
達也の計画は、自分の利害と一致する。潮はすっかり前向きになっていた。家族が絡んで投資家としての猜疑心が麻痺しているという面もあったのだろう。だがこの件に関して、東道は潮を騙すつもりが無かったので、問題にはならなかった。
「詳細は本人に聞くが良かろう」
しかし、勇み足気味である事は否定出来ない。
「そうですね。失礼しました」
それを自覚して、潮は率直に頭を下げた。頭を冷やし、この場で本当に確認しておかなければならない懸念事項へ意識を向ける。
「閣下。それとは別に、一つだけお伺いしたい事があります」
「何か?」
「彼の計画について、政府はどのようなスタンスを取るのでしょうか」
現在、政府はディオーネー計画を歓迎している。表向き、反対の立場を取る国は無い。ディオーネー計画に対抗するプランの立ち上げは、外交的にマイナスと判断される恐れがある。東道青波も、そこは当然理解している。
「日本政府に邪魔はさせん」
その上で彼は、きっぱりと断言した。
「なら安心です。早速娘を通じて司波君の都合を尋ね、計画について詳しく聞こうと思います」
「そうするがいい。あの男はなかなかに面白い考えを持っているから、貴殿もきっと満足のいく面会となるだろう」
「司波君とは何度か面識がありますが、確かに娘と同年代とは思えないほどの落ち着きようですからね。我々と同じくらいの修羅場をくぐってきたと言われても、驚きはしません」
「あれは四葉の者だからな。修羅場くらいくぐってきたのであろう」
それで今回の主だった話は終わったので、二人は酒を呑み料亭を後にしたのだった。
家に帰ってきた潮は、時間を確認して雫の端末に電話を入れた。もしかしたらもう寝ているかもしれないと思ったが、娘はすぐに電話に出てくれた。
『……お父さん、何かあったの?』
電話には出てくれたが、若干眠そうなのは否めなかった。眼を擦り、眠そうに首を傾げる姿を容易に想像できた潮は、まず謝罪をしてから本題に入ることにした。
「すまないな、こんな時間に」
『別に平気だけど……それで?』
「ああ。雫は司波君と連絡を取ることが出来るよな?」
『達也さんに? まぁ、連絡するくらいなら出来るけど』
娘が自分の事を疑っているのが口調で分かり、潮は雫が勘違いしているであろう事を指摘する。
「別に、ディオーネー計画に参加しろというわけではない。明日発表されるであろう事で、後日司波君と話がしたくてね」
『明日? トーラス・シルバーの事なら、達也さん個人じゃないよ』
「そうではない。まぁ、明日の記者会見の後に、司波君に都合を聞いてくれればそれでいいから。出来る事なら、日曜日にウチで会えれば最高なのだがね」
『……なんだかよく分からないけど、達也さんの都合を聞くだけで良いの?』
「ああ。後は私が司波君の話を聞くだけだからね」
『分かった。それじゃあ明日、達也さんに聞いてみる』
「頼んだよ」
そう言って潮は電話を切り、安心したように一息吐いたのだった。
「お帰りなさい、潮君。今の電話は、雫かしら?」
「ああ。司波君にちょっと聞きたい事が出来てね。雫に都合を尋ねてもらう事にしたんだ」
「彼が何か? まさか、雫に危険が及ぶような事じゃ無いでしょうね?」
「安心しなさい。そう言った話ではないから。むしろ、魔法師全体にとって、良い話と言えるだろう」
「潮君、そんな話何処で聞いてきたの? そんな大事なら、私の耳にも入ってきててもおかしくないのに」
紅音の質問に、潮はいたずらっ子の顔で答えた。
「何処から聞いてきたかは教えられないが、確かな情報だ。明日には正式発表されるだろうからね」
「明日? 明日って確か、トーラス・シルバーの記者会見があるはずよね……それと関係してるのかしら?」
「そういう事だ。上手くいけば、魔法師が兵器として扱われることは無くなるだろう。そうなれば、君も雫も戦場に赴くかもしれないという恐怖から解放される」
「随分と買ってるのね、彼の事」
「彼にはそれが出来るだけの知識と技術、そして人脈がある」
達也が東道とどういう関係なのかは聞いていないが、東道と繋がりがあるのは確かなので、潮はそう締めくくったのだった。
東道が絡んでも邪魔してきそうな日本政府……