劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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まずはジャブ程度で


記者会見 前編

 二〇九七年五月三十一日、金曜日。フォア・リーブス・テクノロジー本社には、朝からマスコミ関係者が押し寄せていた。彼らの目的は言うまでもなく「トーラス・シルバー」の記者会見である。会見は十時からの予定だが、記者やカメラマンの大群が業務妨害どころか交通妨害にもなりかねない有様だったので、九時過ぎには会場を開けていた。

 普段は魔法産業に大して興味を示さない伝統的大手新聞社も、大勢の取材チームを組織して前列に陣取っている。彼らの偉そうな態度には眉を顰める同業者も少なくなかったが、第三者観点ではその同業者も似たようなものだった。彼らの無秩序なお喋りは、広報担当の従業員が登壇したことで潮が引くように収まった。係員が照明やマイクの最終点検をする姿を、マスコミが固唾をのんで見守っている。会場のデジタル時計が十時を示した。会場前方のドアが開き、達也が牛山を引き連れて壇上に姿を現した。

 一斉にシャッターが切られる中、達也がマイクスタンドの前に立つ。壇の中央に椅子は用意されていなかった。会場の正面奥、達也の背後は大型のスクリーンになっている。そこに「魔法恒星炉エネルギープラント計画」という文字が大きく表示された。

 ざわめきが会場に広がる。まるで新規事業発表会のような演出を訝しむ声だ。彼らの困惑に構わず、係員が記者会見の開始を宣言した。

 

「トーラス・シルバーのソフトウェアの開発を担当している司波達也です」

 

「トーラス・シルバーのハードウェアの開発を担当しています、牛山欣治です」

 

 

 その発言に、ざわめきがいきなり激しくなった。スーツを着ている青年――まだ高校生だが、達也の外見は少年と言うより青年と表現する方が相応しい――がトーラス・シルバーの正体だと、取材に押しかけたマスコミは信じ込んでいた。そこに工場のユニフォームであろうジャンパー姿の男が、自分もトーラス・シルバーだと名乗ったのだ。取材陣はすっかり混乱していた。

 記者から質問が出ないので、牛山がそのまま話を続けた。

 

「えーっ、トーラス・シルバーは独りの研究者の名前ではありません。彼と私から成る、開発チームの名称であります。先ほど出願者個人情報を公開に切り替えましたので、特許庁でご確認いただけると思います」

 

「……何故そんな、人々を騙すようなことをしたんですか?」

 

 

 漸く気を取り直したのか、一人の女性記者がそんな質問をする。表現が無神経で相手に対する敬意を掻いているのは、元々そういう質なのだろう。

 

「騙していたつもりはありません。団体名で特許を出願するのは珍しい事ではありませんし、構成員の個人情報を非公開にする事も今では普通に行われています」

 

「し、しかしですね、トーラス・シルバーはCADのソフトウェアを僅か一年で十年分進歩させた天才技術者と評価されていて、御社もそれを否定しなかったではありませんか」

 

「天才技術者等という過分な評価を、肯定したことはありません」

 

 

 取り付く島の無い達也の回答に、記者は反論出来ない。否定しなかったから肯定したというのは、記者の勝手な思い込みなので、達也の反応は当然だと言える。

 

「個人情報を非公開としていたのは、御、いえ、こちらの司波が未成年だったからで、今まで取材をお断りしていたのも同じ理由です」

 

 

 そこへ牛山が、慌て気味にフォローを入れた。未成年の保護は、この時代、強力な建前だ。マスコミであろうと、正面切って否定する事は出来ない。

 

「それでは『第一賢人』を名乗る怪人物が流した動画の半分は事実だったという事ですね」

 

 

 別の記者が微妙に論点をずらした質問で続いた。

 

「トーラス・シルバーはあくまでも私と牛山のチーム名ですので、トーラス・シルバーの正体が私、司波達也という報道は虚報です」

 

 

 達也はマスコミに揚げ足を取られないよう、一人称を「私」に代えている。だが答えている内容は、記者に真っ向から喧嘩を売るものだった。

 

「テレビが虚報を流したと?」

 

「事実と異なる情報をニュースとして流したのです。それを虚報と言うのでは?」

 

「貴方がトーラス・シルバーであることは事実でしょう!」

 

 

 達也の挑発的なセリフに、会場の別の個所から鋭い――ヒステリックな声が上がる。

 

「トーラス・シルバーは個人の名称ではないと、先ほどから申し上げています」

 

 

 その記者の顔を正面から見据え、達也が落ち着いた――ふてぶてしくも感じられる声で答えた。達也が言っている事は屁理屈ではあるが事実であるので、記者たちからの反論の声が途切れた。そこへ牛山が取り繕うように、ぎこちない口調で口を挿んだ。

 

「とはいえ、世間の皆さんに誤解を与えたことは事実であります。そこで、この場を以てトーラス・シルバーの解散を宣言します」

 

 

 会場内にどよめきが起こる。

 

「……どういう意味でしょう」

 

「トーラス・シルバーとしての活動をやめるという事です」

 

 

 ある意味で潔い質問に、達也が分かり切った答えを返した。

 

「CADの開発を止めるという事ですか」

 

 

 魔法産業に詳しい報道機関に記者から質問が飛ぶ。

 

「牛山はCADの開発を続けますが、私は別の事業に移ることになります」

 

 

 そう言って達也は、背後のスクリーンへ腕を振り上げたのだった。




理解出来ないマスコミが多いのが悩みでしょうね

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