劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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どちらかと言えば、吸収か?


融合

 達也の記者会見はテレビで生中継されていた。テレビといっても、メジャーな地上波ではなくケーブルテレビのマイナーなニュースチャンネルだ。

 前日から体調不良で学校を休んでいた九島光宣は、その中継を自宅のベッドでリアルタイムで見ていた。

 

「達也さん、すごいな……」

 

 

 中継が終わり、光宣の口からため息が漏れる。光宣の心には、達也に対する賞賛と憧れが渦巻いていた。

 恒星炉を中核としたエネルギープラントのプランその物に対する賞賛。世間が敵となった中で、そのプレッシャーを跳ね返し、自分に対する注目を逆利用する強さに対する憧れ。

 それに対して自分は、狭いベッドの中で、パネル越しに彼の活躍を眺めているだけだった。光宣は思う、自分に健康な身体さえあったなら、と。

 頭脳でも魔法でも、自分は達也に、そんなに劣っていないという自信が光宣にはあった。それは決して自惚れではなかった。光宣は達也の力量を認めた上で、自分自身の能力を正確に評価していた。光宣自身だけが、彼の能力を認めているのではない。祖父の九島烈は、常に彼の才能を惜しんでいる。

 幸運にも不調を免れた去年の論文コンペで、達也が出場していなかったとはいえ、一高の五十里啓や三高の吉祥寺真紅郎を抑えて優勝を勝ち取っている。

 論文コンペの事を思いだして、それに先立つ一ヶ月足らずの出来事が、彼の脳裏に連鎖的に蘇る。あの日々の事を、光宣は全て覚えている。あの時自分は生まれて初めて、誰かの役に立てた。光宣はそう実感できた。

 追憶の中で、光宣は何時の間にか、眠りに落ちた。夢の中で彼は、論文コンペの前日、二〇九六年十月二十七日に戻っていた。

 宇治橋の前に立ち塞がる少年。夢の中で光宣は、自分自身を他人の目で見ていた。乗っていた車のボンネットに火花が散る。エンジンが爆発する直前、車から飛び出し、光宣自身を睨みつける。光宣は自分が、周公瑾になっていると気づいた。そういう夢を見ているのだと。

 宇治川に沿って、下流方向に逃げる。突如出現したボブカットの「少女」から攻撃を受ける。夢の中なのに痛みを覚えた。

 光宣が知らないはずの光景。知らないはずの経験。前に一条将輝、背後に達也が出現する。事件の報告書から当時の情景を再現しているのだろうか。夢を見ている最中にも拘わらず、光宣は冷静にそう考えた。将輝の攻撃を受け、両足のふくらはぎが内側から爆ぜたが、今度は痛みが無かった。

 

『私は、滅びない。たとえ死すとも、私はあり続ける! 私と一つになれ!』

 

 

 夢の視点は何時の間にか光宣自身のものになっていた。宇治橋の上に立つ光宣に向かって、周公瑾がそう叫びながら飛び掛かってきた。

 自分が見ているのは七ヶ月前の夢ではなく、今現に起こっている事だと光宣は認識した。あの時の事を自分が思い出したことで、ある種の通路が繋がったのだろう。半年以上の時を経て、周公瑾の霊が自分に目を付けたのだと、光宣は理解した。

 

『我がものとなれ!』

 

 

 周公瑾の両手が、自分の胸に突き刺さる――否、沈み込んでいく。自分の中に侵入しようとするものがあると認識しても、光宣は不思議と落ち着いてた。

 何をすればいいのか分かっているから、恐れる必要が無かったのだと、光宣はすぐに理解した。自分を侵食しようとしている物が、パラサイトと呼ばれるものの本体と、同質の存在である事を。彼は十六歳にして既に、九島家の全ての魔法を会得している。

 

「離れろ、亡霊」

 

 

 光宣は精神干渉系攻撃魔法を行使した。夢の中で、魔法を補助する媒体もなく、それどころか肉体も無い状態でも、魔法の行使に不自由は感じない。

 術式解体のような想子流では吹き飛ばせないが、精神干渉系魔法ならば攻撃も防御も可能だ。光宣から離れた周公瑾の「身体」には、両手が無かった。手首まで光宣の身体に食い込んでいた両手は、光宣の「身体」から噴出した光の粒子によって、逆に食いちぎられたのだ。

 

『身体をよこせぇ!』

 

「すぐにいう事を聞かなくなるポンコツな身体だけど、くれてやるわけにはいかないよ」

 

『我に、よこせ……』

 

「……憐れだな、周公瑾。もう、終わりにしよう」

 

 

 光宣は九島家の魔法を全て会得している。パラサイドールを作る為に使われた魔法を含めて。パラサイトを縛る、忠誠術式を含めて。

 

「僕に従え、亡霊。僕の糧となれ」

 

 

 光宣が周公瑾の腕を掴んで、霊体を隷属させる魔法を発動した。通常の忠誠術式は、対価を示して特定の条件に従わせるもの。パラサイドールの製造に使った対価は、パラサイトが必要とする想子の供給。条件は絶対服従。それに背いた場合は、吸収した想子の剥奪と想子吸収経路の封鎖。

 光宣が示した対価は、自分の中に存在する事。条件は、自分に吸収されてしまう事。つまり光宣は、忠誠術式により周公瑾の亡霊を食ったのだった。

 

「――ご苦労様。わざわざ知識を持ってきてくれてありがとう」

 

 

 周公瑾が溜め込んでいた「魔」に関わる「秘匿された知識」が自分の物になっていくのを、光宣は感じた。光宣は夢の中で「天使のように」笑った。その笑みはまさしく、天の高みから地上を見下ろす御使いのように、麗しくも傲慢で、人間性を欠いていた。




何でラスボスを光宣にしたんだろう……

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