美月がちょっと気まずい表情をしていたが、その事をエリカが指摘する前に別の問題が起こった。
流れ的には全く問題無いはずなのだが、周りが問題視していただけなのだが。
「お兄様、お待たせしました!」
講堂の隅っこで話していた達也の背後から、とても嬉しそうな声で話しかけてくる少女がやって来た。達也は振り返らなくとも誰の声か分かるし、エリカと美月も先の話で達也が誰を待ってるのか知ってたので、やっと来たんだと言う感じで声の主を確認した。
達也は「遅かったな」と言おうとしたのだが、深雪の他にゾロゾロと人が連なっているのを気配で感じ、その言葉を飲み込んだ。深雪の事だから、あの人垣を蹴散らしてでも此方に来たかったのだと分かってしまったから、せめてその人たちへの礼儀として、「遅かった」は適当では無いと思ったからだ。
「また会いましたね、司波達也君」
「はぁ、どうも……」
新入生総代に生徒会長が接触してても、なんらおかしく無いのだが、達也としてはこの再会はあまり嬉しいものではなかった。
相変わらずの人懐っこそうな笑みを浮かべている真由美を、達也は何となく警戒してたのだ。警戒と言うよりは胡散臭さを感じ取っていたと言うべきか……とにかくあまり信用はしてなかった。
達也が真由美の事を観察してるのも気になっていたが、深雪はそれ以上に気になっている事があった……達也の傍に居る2人の女子である。
「お兄様、そちらの方たちは?」
自分も大勢の人を連なって来たのにも関わらず、深雪は何故兄が1人で待っていてくれなかったのかを責めた。
一方の達也は、別に疚しい事でも無いし、その質問は予想できていた事だったのでタイムラグゼロで深雪の質問に答えた。
「此方が柴田美月さん、それで此方が千葉エリカさん。2人ともクラスメイトだよ」
辺り障りの少ない紹介で、深雪に2人の事を話した達也だったが、深雪の方はイマイチ納得していない様子……
「あれ? 何だか寒気が……」
「急に寒くなりましたね……」
気がつけば周りの人らも寒さを感じている様子……達也は何故妹が機嫌を悪くしているのか分からなかった為に、事態の収拾が出来なかった。
「そうですか、クラスメイトですか……それでお兄様、早速クラスメイトとデートしていた理由をお聞かせ願いますでしょうか?」
「デートって……」
深雪が機嫌が悪くなっていた理由が分かり、達也はため息を吐きたい衝動に駆られたが、誤解を解いた方が周りの人の為になるだろうと思い説明をしようとしたのだが……
「そ、そんな!?」
「?」
何故か真由美がショックを受けているように見えて、深雪の説得を一瞬忘れて真由美を凝視してしまった……その視線に真由美は気恥ずかしそうに顔を逸らし、深雪の機嫌は更に下り坂になってしまった。
「別にお前を待つ間付き合ってもらってただけだ。そんな言い方は2人にも失礼だろ」
「申し訳ありませんでした」
2人にも……達也の言い方をちゃんと理解した深雪はもの凄いスピードで頭を下げた。勘違いしたのに謝ったのともう1つ、兄を誑しだと決め付けた事に頭を下げたのだ。
「別に良いですよ」
「そうそう、勘違いは誰にでもあるって」
深雪の謝罪に対して寛容な態度でそれを受け入れる2人。
「柴田美月です、初めまして」
「あたし千葉エリカ、貴女の事は深雪って呼んで良いかしら?」
「ええもちろん。苗字だとお兄様と区別がつかなくなってしまいますからね。私も貴女の事をエリカって呼んでも良いかしら?」
「もちろん! 深雪って結構気さくなのね」
「そう言うエリカは見た目通りなのね」
「私も深雪さんって呼んでも良いですか?」
「もちろんよ美月」
妹がクラスメイトと打ち解けてるのを見て、達也はフイに深雪が連れて来た(勝手について来たのだろうが)人たちを見た。真由美は相変わらずの笑顔だったが、他の人たちは一様に悔しさと苛立ちが綯い交ぜになった表情をしている。
「(一科生より二科生と仲良くしてるのが気に入らないのだろうな)」
このままでは深雪の立場を悪くしかねない。そう考えた達也は、一科生の為に話の流れを持っていく事にした。
「深雪、生徒会の方たちとの話はもう良いのか? まだなら何処かでテキトーに時間を潰してるが……」
「その心配は要りませんよ」
達也の提案に否を示したのは、深雪では無く真由美だった。
「今日はご挨拶だけで十分ですし、他に用事があるのならそちらを優先してくださって構いませんから」
「会長!?」
真由美の発言に驚いたような男子生徒は納得出来ないのか真由美に食い下がった。
「ですが会長、此方も重要な用件だったのでは!」
「予め約束してた訳ではありませんし、彼女の予定を優先するのは当然だと思いますよ」
「それは……」
真由美の言っている事が正しいと、その男子生徒も理解したのだろう。ただ彼の心情は周りの一科生と同じで、二科生に負けたのが悔しかっただけなのだと、達也は理解していた。
「それでは深雪さん、また後日改めて。司波君も今度ゆっくりと話しましょうね」
「はぁ……」
「それでは会長、また後日」
真由美に対してしっかりとお辞儀をした深雪と、何故ゆっくりと話したがるのか理解に苦しんでいた達也を見て、クスッと笑いながら真由美は達也たちとは逆の方向に歩き出した。その真由美に付き従うように、先ほどの男子生徒も歩を進めたが、少し歩いた後に此方を振り返り、達也をキッと睨みつけてきた。
また面倒な事になったなと、達也は内心辟易としていたのだが、深雪に悟られまいと鉄壁のポーカーフェイスで隠したのだった。
次回司波家公開?