達也が帰ってきたということで、夕食は非常に騒がしいものとなった。だが誰もその事に不快感を懐くことは無く、むしろ騒がしいのを楽しんでいるようにすら思えた。達也も今日くらいならという思いで注意する事はなく、ただただ彼女たちの中心で黙々と食事を楽しんでいた。
「達也くん、なんだか楽しそうだね」
「これだけ賑やかなのは久しぶりだからな。ずっとこのままなのは勘弁してもらいたいが、偶になら楽しいものだと思うぞ」
「そっか。ここ最近は達也くんとピクシーの二人暮らしだもんね。ピクシーを一人とカウントして良いのかは分からないけどさ」
「良いんじゃないか? ピクシー自身も偶に自分を一人とカウントしているからな」
普段なら騒がしい中心にいるであろうエリカが、達也の隣に腰を下ろして騒いでいるメンバーを眺めているのは珍しい光景だが、達也はその事を指摘する事はなく、彼女が何かを言い渋っているのを見抜いて、視線で問いかけた。
「……達也くんはさ、あたしたちの未来の可能性を広げてくれるんだよね?」
「エスケイプ計画の事か?」
「うん。クラスの連中の中には、達也くんがディオーネー計画に参加したくないからあんな計画を立ち上げたんじゃないかって言ってる奴らも少なくなったからさ」
「自分が宇宙に放り出されるかもしれないと考えれば、そういう考えに至るヤツがいても仕方ないとは思うが」
「そうだけど、達也くんがそんなすぐ破綻するような言い訳で逃げるわけないじゃんって思っちゃってさ……みんながみんな達也くんの事を理解しているわけじゃないって分かってるんだけどさ……あたしだって、達也くんの事を全部理解出来るなんて思って無いけどさ……」
そんなことが出来るのは深雪くらいだと言いたげなエリカの沈黙に、達也は何も答えなかった。
「達也くんが発表したエスケイプ計画の事は、少し考えれば魔法師にとって有益なプロジェクトだって分かるって理解してるんだけど、何分ディオーネー計画のインパクトが大きすぎた分、そっちに魅力を感じてる奴らが多いだけなんだろうけど、どうしても苛立っちゃうのよね」
「もう少しすれば、メディアも大人しくなるだろうし、ベゾブラゾフ辺りが黙っていられなくなり、墓穴を掘ってくれるかもしれないからな。そうすれば、風はこちらに吹いてくれるだろう」
「エドワード・クラークじゃなくて、ベゾブラゾフが?」
「エリカにはディオーネー計画の真の目的は話したよな?」
「自分たちに都合が悪い魔法師を、宇宙空間に追いやる計画でしょ? それがどうかしたの?」
「エドワード・クラークは魔法師ではない。俺の事を危険視するのはむしろベゾブラゾフだろう。同じ戦略級魔法師として、ヤツは俺の事をどうしても宇宙に追いやりたいみたいだしな」
「ベゾブラゾフの戦略級魔法って、達也くんのに匹敵するの?」
「達也さんの魔法に匹敵する魔法なんて、この世に存在しませんわ」
「亜夜子か」
エリカの問いに達也が答える前に、亜夜子が横から答えを返した。二人とも気配で亜夜子が近づいてきている事には気付いていたので、特に驚いた様子はなく亜夜子の言葉に振り返っただけだった。
「達也さんは兎も角として、千葉さんもさすがですね。これでも隠密行動には自信があるんですけど」
「隠れてるつもりなんて無かったんじゃないの?」
「まぁ、ここに敵はいませんから」
「それで亜夜子、何か用があるんじゃないのか?」
「これと言って特にありませんわ。ただ達也さんの隣が空いているので失礼しようかと思っただけですわ」
そう言って亜夜子は、エリカとは反対の隣に腰を下ろして会話に加わった。
「達也さん、父は未だに貴方の事を四葉の奥で監禁しようと動いているようです」
「黒羽さんが?」
「勝成さんに協力を申し出たそうですが、次期当主に逆らおうというつもりは無いと追い返されたようですわ。そもそも達也さんに逆らう意思を見せた瞬間に、琴鳴さんとの婚約は破棄されるでしょうからね」
勝成が調整体である琴鳴との婚約を真夜に許してもらう条件は、達也を次期当主として認める事なので、達也に逆らおうとすればそれすなわち真夜に逆らう事になる。そうすれば婚約も破棄され、琴鳴がどうなってしまうか想像に難くない。勝成がそんな愚かな真似をするなんてありえないと、少し考えればわかりそうなものだと、亜夜子は父である貢の行動に呆れていた。
「何処の家でも、本家と分家との仲は良くないんだね」
「ウチの場合は、達也さんがずっと日陰者として扱われていた事が原因でしょうね。父はご当主様には心酔しておりますが、達也さんの事は昔から使用人のように扱っていましたから。その相手がいきなり次期当主だと言われれば、多少のわだかまりは残ってしまうのかもしれませんが、父のはあからさま過ぎです。反逆の意思有りと思われれば、父だけでなく黒羽が処分されるかもしれないと何故わからないのでしょうか」
「黒羽さんにもいろいろあるんだろう。目論見が失敗しているなら、放っておいても問題無いだろ」
「……達也さんは父に甘すぎませんか? ここらで厳しい処分をしておいた方が、他の分家にも効果的だと思うのですが」
「俺は別に分家の方々を支配したいわけではないからな。実害が無い限り、放っておいて構わないと思っている」
「実害が無い限り」という言葉に、亜夜子はとてつもない寒気を感じ、思わず自分の身体を抱きしめてしまった。要するに、実害が出たら容赦はしないという事だとエリカも理解し、二人はゆっくりと達也の側から移動したのだった。
そんな考え方が出来る高校生はそうはいないだろうな