劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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相手にならないのは分かり切ってるだろうに……


クラーク父子との対面

 エドワード・クラークの来日は、多くの報道陣に迎えられた。外交官の訪日というより、大物芸能人のプライベート旅行みたいな騒ぎだった。エドワード、レイモンド父子に人目を忍ぶ気が無かったのも、騒ぎが大きくなった原因だろう。彼らはむしろ、マスコミに騒がれるのを当てにしていた節がある。だからといって記者会見とかインタビューとかの類の報道機関向けのサービスはせず、結局駆けつけた警察に守られて空港を脱出した。

 彼らが向かった先はUSNA大使館だ。エドワード・クラークは政府機関の職員だから、この待遇が可笑しいとは言い切れないが、それを知った記者やリポーターは、彼の背後にUSNA政府の陰を見て萎縮する者が多かった。そして午後一時半過ぎ、彼らは大使館をヘリで脱出し、一時五十分、魔法協会関東支部が入居している横浜ベイヒルズタワーの屋上ヘリポートに到着した。

 達也が魔法協会関東支部に到着したのは、面会予定時刻の五分前。エドワード・クラークは既に応接室で待っていると告げられても、達也は別段慌てた素振りを見せなかった。前日にいきなり時間を割くよう強制されたのだから、一時間くらい待たせてもいいんじゃないか、と言うのが達也の本音だった。それでも間に合うように到着したのは、彼は自分で思っているよりも強く「常識」というものに縛られているのかもしれない。

 ちなみに、応接室にレイモンドの気配を確認して、達也は雫を連れて昨日とは別の職員に案内され応接室に向かった。

 

「初めまして。司波達也です」

 

「初めまして。エドワード・クラークです」

 

 

 達也が日本語で挨拶すると、エドワードが流暢な日本語で挨拶を返した。

 

「お目に掛かれて光栄です」

 

 

 少し驚きはしたが、そこで絶句せずに日本語での会話を押し通す辺りが、達也の図太いところだろう。ちなみに彼は「一度見聞きしたことを忘れない」という特殊な記憶力を活用して、英語のみならず主要国の言語はほぼマスターしている。

 

「こちらこそ。ところでそちらのお嬢さんは?」

 

「北山雫です。司波達也さんのプロジェクトへの出資予定者の関係者として、今回同席させていただきます」

 

 

 雫の挨拶にも、エドワードは眉一つ動かさなかった。彼も平凡な外見に似合わず相当な食わせ物だと、達也はこの短い時間で実感した。だがさすがにレイモンドは驚きを隠せなかったようで、エドワードの後ろでせわしなく視線を泳がしていた。

 椅子を勧められて、達也は遠慮なくソファに座り、雫もその隣に腰を下ろした。達也の無遠慮な振る舞いに職員は落ち着かない様子だったが、エドワードとレイモンドは気にした様子を一切見せず、向かい側に腰を下ろし、今度はエドワードの方から話しかけてきた。

 

「昨日の記者会見を拝見しました。ミスター司波、貴方のエネルギープラント計画には驚かされました」

 

「恐縮です。空間的にも時間的にも、ディオーネー計画のスケールには遠く及びません。ディオーネー計画は、人の一生を費やしても成し遂げられない大事業だと思います」

 

「ご謙遜を」

 

 

 達也のセリフは、分かりにくいが嫌味である。時間的なスケールにおいても空間的なスケールにおいても、魔法師を人類社会から隔離するための計画なのだろう、と遠回しに指摘している。エドワードがそれを理解出来たかどうかは、彼の表情を窺う限り分からない。

 

「重力制御魔法式熱核融合炉――魔法恒星炉、でしたか。あれは、エネルギープラントを造り上げる為に開発した物ですか?」

 

「はい。完成形は、海水を直接利用する構造になります」

 

 

 今度の嫌味には、微かにエドワードの表情が動いた。達也の「だから宇宙空間では使えませんよ」という牽制を理解出来た証拠だった。

 

「魔法恒星炉を使ったエネルギープラントの建設は、確かに日本にとって有意義な計画でしょう。ですが金星のテラフォーミングは全人類にとっての希望となる者です。トーラス・シルバーとして数多くの技術的飛躍を成し遂げてきたミスター司波には、ディオーネー計画に是非とも参加していただきたいのですが」

 

「昨日の記者会見をご覧になったのならお分かりだと思いますが、自分はトーラス・シルバーではありません。その事は自分が申し上げるまでもなく、よくご存じのはずですが」

 

「トーラス・シルバーの名声は、ソフトウェア面での驚異的な実績に由来している。つまりはミスター司波こそが、トーラス・シルバーの本体でありましょう」

 

「どんなソフトウェアも、それに対応するハードウェアが無ければ単なる落書きです。ソフトとハードは、どちらが主でどちらが従という関係ではありません」

 

「そんな事はない。ハードウェアは、ソフトウェアがなければ単なる箱だ」

 

「ですが、実際に仕事をするのはハードウェアです」

 

「っ」

 

 

 レイモンドが父親の脇腹を肘で小突き、エドワードがわざとらしく咳払いをする。達也によって話を逸らされかけている事に気付いて、仕切り直しを図ったのだ。

 

「トーラス・シルバーと言う名のチームは昨日解散したのですから、その参加を求める事は諦めます。その代わり、ここで改めてご依頼申し上げる。ミスター司波、ディオーネー計画に参加していただけませんか」

 

「残念ですが、自分は昨日の段階で既に、魔法恒星炉エネルギープラント計画の責任者に就いています。最初からトーラス・シルバーに対する呼びかけではなく自分あての参加要請であればプラントの計画を他人に任せるという選択肢もあり得たんですが……間が悪かったとしか言いようがありません。それに彼女の御父君のように、自分の計画に出資してくださるとい企業様もおります。申し訳ありませんが、諦めてください」

 

 

 達也は魔法協会の職員がいる前で、エドワード・クラークの依頼をはっきりと拒絶した。




これで大人しくなるなら苦労しないよな……

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