劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1413 / 2283
ここまでズレてるのも凄いな……


外務省と財界のズレ

 魔法協会京都本部の会長室に外務省の職員が訪れたのは、火曜日の昼過ぎ、会長の十三束翡翠が昼食から戻った直後だった。

 

「――魔法協会から四葉家に圧力を掛けろと仰るんですか!?」

 

「そのご理解で構いません」

 

「無理です! 魔法協会は魔法師に対してあれをしろ、これをするなと命令出来るような権限を持っていません!」

 

 

 翡翠は体裁を取り繕う事も忘れて叫んだ。彼女の言葉は、責任逃れの嘘ではない。魔法協会は魔法師の互助組織であって、魔法師を統括する組織ではない。

 

「ですが魔法師に対して、強い影響力をお持ちでしょう? 国際魔法協会は、超法規的な懲罰部隊を組織する事さえ成し得る」

 

「それは核兵器の使用を阻止するという限定的な目的においてのみ可能な事です! 日本魔法協会には魔法師の、私人としての経済活動を妨害するような影響力はありません!」

 

「そうなのですか?」

 

「そうです!」

 

 

 外務省の職員は、本気で不思議そうに問い返してきた。どうやらこの人には親しい魔法師がいないようだなと思いながら、翡翠はなんとか納得してもらおうと力説した。

 

「それに、強い魔法師は魔法協会より十師族に多いんです。仮に協会が懲罰部隊を組織出来たとしても、四葉家を恐れ入らせることなんて出来ませんよ」

 

「十師族も一枚岩ではないでしょう」

 

 

 しかし論法を誤ったのか、外務省の男は翡翠のストレスが倍増するような事を言い出した。

 

「十師族の内部抗争を唆せと仰るのですか!?」

 

「唆すというのは不適切な表現ですね。魔法師同士の私闘など、私たちは望んでいません。ただ、内部でけん制し合い構成員の暴走を抑止するのが組織として正しい自治のあり方ではないかと思っただけです」

 

「魔法協会は十師族のまとめ役ではありません」

 

 

 鳩尾の辺りに鈍い痛みを覚えながら、翡翠はそれを我慢して懸命に反論する。

 

「私たちはそう考えておりません、十師族を名乗る魔法師コミュニティに最も強い影響力を持っているのは、客観的に見て魔法協会ですから」

 

「貴方たちがどう思おうが、私たちに十師族にあれこれ指示する権限などありません!」

 

 

 翡翠の悲鳴に近い叫びにも、外務省の男は聞く耳を持たなかった。

 

「それでは、くれぐれもよろしくお願いします」

 

 

 捨て台詞のようにそう言い残して、外務省の職員は席を立つ。会長室で一人になった翡翠は、吐き気に脂汗を滲ませ、痛みが増す腹部を押さえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本政府がESCAPES計画の妨害に動き始めたのは、言うまでもなくUSNA政府からの要請によるものだ。現段階で日本政府は、海中資源の抽出にそれほど大きなメリットを感じていなかった。過去に散々失敗してきたスキームなので、実現性と経済性に懐疑的だったのだろう。それよりも外交面と貿易面でデメリットが生じない事を重視したのだった。

 しかし、経済界の反応は違った。

 

「北方さん、例の事業にさっそく関わっていらっしゃるようですね」

 

 

 北方というのは北山潮のビジネスネームだ。非公式な昼食会でも、ビジネスネームがある場合は本名で呼ばないが経済界では一種のマナーになっている。なお政治や自治体の公式行事だと、本名しか使えないケースが多い。

 

「さすが室町さん。お耳が早い」

 

 

 潮が返した「室町」というのも本名ではない。相手は潮のホクサングループよりも規模でこそ劣っているが、遥かに伝統がある旧財閥系企業群の実質的なオーナーで、財界における潮の兄貴分のような存在だ。

 

「もう出資も決まっているとか? いったいどのようなご縁だったのですか?」

 

 

 反対側の席から、やはり顔馴染みの財界人が話しかけてきた。

 

「そこまでご存じとは。岩田さんこそ、何方からお聞きになったのですか?」

 

「そこはそれ。いろいろな方面からですよ」

 

 

 潮と岩田が同時に破顔する。磐田は室町と違って、潮にとっては敵対的なライバルグループの総帥で、つい最近も大口の海外案件を奪い合った間柄だ。だがお互い、そんな事など欠片も顔に出さない。

 

「別に隠す事でもありません。司波君は娘の同級生で、婚約者なのですよ」

 

「そういえばお嬢さんも魔法大学付属一高に通っておいででしたね」

 

「婚約者という事は、例の計画は北方さん主催で?」

 

 

 室町とも岩田とも違う、向かい側の席に座っている者が話しかけてくる。潮が達也とプロジェクトの件で会ったのはまだ一昨日の事だというのに、すっかり話が広まっていた。東道青波が意図的に噂を流したのだろうと、潮は話しかけてくる相手に愛想よく応えながらそう考えた。儲かりそうな新事業の話を聞いても、単独で金を出す決断は難しい。だが既に大口の出資者がいれば、それに便乗したくなるものだ。同席している財界の大物たちにとっては、プラントを一つ建設するくらいの金額なら「試しに出してみるか」というレベルで収まる。

 

「どうでしょう、北方さん。司波君を紹介していただけませんか」

 

 

 一人がこう切り出せば、遅れじとばかり同様の申し出が潮の許に殺到した。出資者が増えるのは、潮にとっても悪い事ではない。リスクが分散出来るし、事業に口出しする者が多くなれば、それを仕切る為に自分を頼るよう仕向ける事も可能だ。結果的に、プロジェクトにおける自分の発言力が上がる。

 

「皆さんのご希望は、司波君にお伝えします」

 

 

 もちろん、そんな腹黒い事を考えたところで、達也のプロジェクトに自分が口出しするつもりなど更々ない潮だが、リスクが分散出来るのには違いないので、昼食会が終わりに差し掛かる頃、潮は笑顔でそう答えたのだった。




潮もかなり黒いけど、まぁ許容範囲か

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。