劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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応じる必要はないんですけど


再びの呼び出し

 一日の大半を部屋でボーっと過ごしているリーナに、指令室へ出頭するように告げられ、リーナは心の中で顔を顰めた。彼女は表向き軍所属となっているが、彼女が退役していることは軍内部の人間ならほとんどが知っている。だからこの命令に従う必要はリーナに無いのだが、逆らう理由も無かったのでリーナは素直に部屋を出て指令室へと向かう。

 前回指令室に呼び出されて命じられたのがエドワード・クラークの護衛で、その結果知りたくもないUSNA軍の暗部を知ってしまう結果になった。またろくでもない結果が待っているのではないかと、リーナは憂鬱になっていた。

 

「ベン!? 貴方も指令に呼ばれたのですか?」

 

「リーナもですか」

 

 

 リーナの中で、悪い予感が膨れ上がる。リーナとカノープスが同時に出頭を命じられるのは珍しい事では無かったし、エドワード・クラークの護衛を命令された時には逆に、リーナ一人だった。ジード・ヘイグ――顧傑の件では、リーナは囮として、カノープスが本命という形を取っていた。

 何かろくな結果にならない任務が待っているとしても、カノープスと一緒であれば彼が肩代わりしてくれる可能性が高いのだ。カノープスと一緒に呼び出されるのは、リーナにとって都合がいい事のはずだったが、今回は不吉な予感を抑えられない。自分とカノープスが同時に出動を命じられるような、厄介な事が待っているのではないか。そう思われてならなかった。

 

「九島リーナ、参りました」

 

「ベンジャミン・カノープス少佐、参りました」

 

 

 本当は『アンジェリーナ・シリウス』と名乗らなければならないのだが、リーナはあえて帰化した後の名を名乗った。これは彼女の小さな抵抗だったのだが、扉の向こう側にいる相手には効果がなかった。

 

『入れ』

 

 

 基地司令ウォーカー大佐の声が返ってきて、リーナはカノープスを制止て、自分でドアを開けた。次の瞬間、リーナはそこにいるはずがない高級士官の姿を目にして立ち竦む。

 

「バランス大佐殿……?」

 

 

 リーナは呆然と呟き、はっと我に返ると、慌てて指令室内に一歩踏み入り頭を下げた。リーナの隣では、カノープスが敬礼をしている。ウォーカー大佐が立ち上がり、二人に答礼をした。

 

「楽にしてくれ」

 

 

 二人にそう言って、ウォーカー自身は椅子に戻る。それに対してバランスは、デスクの横に立ったままだった。

 

「シリウス少佐、カノープス少佐、異例ではあるが、二人の意見を聞きたい」

 

 

 表向きはまだ軍所属という事になっているので、リーナに対してのウォーカーの態度は、部下に対するものと変わらなかったが、内容がリーナにとっては意外なものだった。

 

「意見でありますか?」

 

「そうだ。二人の意見を聞いて、この任務をスターズに命じるかどうかを決めたい」

 

 

 ウォーカーの言葉に、リーナとカノープスが思わず顔を見合わせる。ウォーカーが自分で言うように、それは異例な事だった。作戦の立案に当たって部下に意見を求めるのは、普通にある事だ。だがそれは、達成すべき目的が決まっていて、その手段を尋ねているだけだ。任務を実行するか実行しないか、それはもっと上のレベルで決定されるのが原則で、しかも例外はほぼありえないはずだった。

 

「日本が現地歴二〇九五年十月三一日に投入した戦略級魔法、通称『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師が司波達也という名の少年であることは既に知っていると思う」

 

 

 リーナとカノープスはウォーカーに対して同時に肯定の返事した。

 

「司波達也がNSAの要請を蹴って新たなプロジェクトを立ち上げたことは?」

 

「存じております」

 

 

 そう答えたのはカノープスだ。リーナは「達也がディオーネー計画が立ち上げられる前からプロジェクトを立ち上げていた」事を知っているので、ウォーカーの言葉を完全に受け入れる事が出来なかったのだ。

 

「重力制御魔法式熱核融合炉を使ったエネルギープラント。このプランが実現すると、我が国の資源産業は再び大打撃を受ける事になるだろう」

 

 

 エネルギー源が化石燃料から太陽光、風力、地熱、バイオ燃料にシフトした事により、石油、石炭、原子力関連企業は大きなダメージを被った。それでも広大な土地を必要とするバイオ燃料分野に進出したり、太陽光の利用が難しい低日照地域向けに小型原子炉を開発することで、何とか業績を立て直し現在まで生き延びている。

 なお核分裂を制御し放射線を遮断する魔法の発展により、原子力に対する人々の忌避感は前世紀より低下している。原子力発電の衰退は、主にウラン資源の高騰と事故対策の為に雇っておかなければならない魔法師の人件費負担によるものだ。核兵器は封印されるだけで、プルトニウムが民生用に放出されることは、現在まで行われていない。

 

「産業界の都合を度外視しても、ディオーネー計画で司波達也の戦略級魔法を無力化出来ないのはこのアメリカにとっても都合が悪い」

 

 

 そこまで聞いて、リーナの中で「まさか」という想いが頭をもたげた。

 

「そこで参謀本部は、司波達也のエネルギープラントに破壊工作を仕掛けてはどうか、という意見が出ている。その実行段階で司波達也を暗殺出来れば、大陸間の射程距離を持つと推測される戦略級魔法マテリアル・バーストの脅威を完全に排除出来るという意見もだ」

 

 

 最悪だ、リーナはそう思ったのだった。




返り討ちに遭うだけなのになぁ……

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