劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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デメリットどころか、国が亡ぶ


大きすぎるデメリット

 リーナはウォーカーの話を聞いて呆れていた。達也が計画しているのは民生用のプラント建設であり、USNAのエネルギー業界に打撃を与えるのが目的ではないのだ。それを企業家の都合で、軍を使って潰そうとしている。

 それだけでも承服しがたいのに、真の目的はどうやら、達也の暗殺だ。スターズは何時からマフィアの殺し屋集団になったのかと、リーナは憤慨した。

 

「シリウス少佐、カノープス少佐、どう思う」

 

「大佐殿、発言してもよろしいでしょうか!」

 

 

 ウォーカーの質問に対して、リーナはわざわざ回答の許可を求めた。冷静さを保っていたからではなく、その逆。頭が沸騰している自覚があったから、わずかに残された自制心で元上官に対しての礼儀を保とうとしたのだ。

 

「許可する」

 

 

 ウォーカーは特に何の感情も見せず、リーナに許可を出した。

 

「私は絶対に反対です。確かに質量エネルギー変換魔法は脅威かもしれませんが、司波達也は同盟国の人間でありUSNAに対して敵愾心を持っているわけでもありません。そしてしばらく一緒に生活してみて、達也はこちら側がちょっかいを出さない限り攻撃してくる人間では無いという事が分かっています。潜在的に脅威であるというだけで暗殺するのはマフィアのやり口であり、軍がそのような凶行に手を染めるべきでは無いと思います。そして何よりも問題なのは、達也を暗殺しようものなら、彼の婚約者たちも黙っていないでしょう。もちろん司波達也よりは劣りますが、スターズを以てしても苦戦する相手であることは私が証明します」

 

「私も反対です、大佐殿」

 

「カノープス少佐、君もか」

 

 

 リーナの意見は無表情に聞いていたウォーカーが、カノープスの反対表明に意外感をのぞかせた。

 

「はい。暗殺の是非は言うに及ばず、プラントに対する破壊工作も得策とは思えません。確かにエネルギー産業は、一時的に大きな打撃を被るかもしれません。しかし海水から取り出した安価な水素燃料の供給は、我が国の国民生活にもプラスに働くと思われます。司波達也に対して取るべき行動は、暗殺や妨害ではなく核融合炉のノウハウを我が国に提供させる事ではないでしょうか」

 

「妨害ではなく、利用すべきだと考えるのか」

 

「肯定であります。そもそもエネルギー産業に悪影響があるから軍がこれを妨害せよというのは、特定分野の企業の利益の為に軍が利用される悪しき前例になると考えます。軍と経済界が持ちつ持たれつである側面は否定しませんが、歯止めは必要なのではないでしょうか」

 

「ウォーカー大佐、私も意見を述べさせてもらっても良いだろうか」

 

「どうぞ」

 

 

 ウォーカー司令のデスクの横に立っているバランスが、横から口を挿むと、ウォーカーはこれを、少なくとも表面的には快く認めた。

 

「ありがとう。シリウス少佐の原則論は兎も角、カノープス少佐の意見には一考の価値があると私は思う」

 

 

 このセリフにリーナがショックを受けていたが、バランスはそれに気づいていて無視した。彼女はウォーカーに向かって意見を続けた。

 

「魔法師ではない人々のスターズに対する評価は、デリケートな面がある。スターズが特定の企業、特定の産業の利益の為に行動するような事があれば、それが表面的にそう見えるだけのものであっても、別の産業分野や消費者団体等から激しい反発を招く恐れがある」

 

「破壊工作は秘密裏に行われるものだが?」

 

「相手も無能じゃない。プラントを破壊して何の手掛かりも掴ませないというのは非現実的だ」

 

 

 バランスの指摘を、ウォーカーも認めぬわけにはいかなかった。世間から注目を集める建設途中の施設に対し大規模な破壊工作を行って、その事実を完全に隠蔽する事は不可能に近い。壊した痕跡を調べれば、事故に見せかけるのにも限界がある。別の軍事勢力に犯行を擦り付けるのは、詳しく調べられない事が前提だ。しらを切り通す事で処罰を免れるのは可能だが、噂になるのは避けられない。証拠を残さないという点では一個人の暗殺――達也を暗殺する方が、よほど容易に違いなかった――と、ウォーカーはそう感じたのだった。

 

「貴官も両少佐も、デメリットの方が大きいという意見か……了解した。参謀本部には作戦の中止を申請しよう」

 

 

 ウォーカーが出した結論に、一番ほっとしていたのはリーナだった。彼女は達也が事実上不死身である事を知っているし、達也以外にも敵に回したくない相手が婚約者の中にいる事を十分すぎるくらい知っていたからだ。もちろん、自分の婚約者がかつての仲間を殺すかもしれないという状況を黙って見ている必要が無くなった事にもホッとしているのだが、一番ホッとしたのは、これで漸く日本に戻れるかもしれないという事に対してだった。

 

「わざわざご苦労。聞きたい事は以上だ」

 

「ハッ!」

 

 

 バランスとカノープスが敬礼をし、リーナも遅れてウォーカーに敬礼をする。三人の敬礼にウォーカーが答礼を返し、三人に退室を命じる。命じられるまでもなくリーナは一秒でも早くこの部屋から出たかったので、二人の反応を見ることも無くいち早く退室したのだった。




この忠告を聞き入れておけば……

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