劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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疑ってかかるべきだろうが……


怪文書

 もしパラサイトの出現が意図的な事件だったなら、合衆国を揺さぶる規模の大きな被害をもたらしかねない凶悪なテロ攻撃だ。大隊に匹敵する戦闘力を発揮し得る魔法師を、テロの道具に仕立て上げられるのだから。

 友人がテロリストだか破壊工作員だかに利用され、その結果身内の手によって処分された。そんな可能性をレグルスは看過出来ない。犯人の処分が終わった後の捜査はスターズの仕事ではないが、レグルスは余暇や休暇を使って独りでずっと事件を追い続けていた。

 それでも事件から一年半が経過して、レグルスは「犯人などいなかった」という結論に傾きつつあった。あれは、偶発的な事件だったのだ。彼が自分をそう納得させようとしていた今になって、その情報は彼の許に届けられた。

 

「なんだこれは……」

 

 

 レグルスが思わず独り言を呟いてしまったのも無理がない事だった。その差出人不明の電子メールは、参謀本部でも使われているUSNA軍最高レベルのセキュリティをすり抜けて、検閲されていない状態で彼の端末に届いたのである。本来ならばレグルスはそのメールをシステム内で隔離して、セキュリティ担当者に届けるべきだった。だか彼はそうせず、メールを開いた。これを読まなければならない、これを他人に読ませてはならないと、レグルスの直感が囁いていた。

 メールは特に暗号化されていなかった。おそらく、暗号化以外の手段で覗き見されないようになっているのだ。そこには、驚くべきことが書かれていた。

 

「マイクロブラックホール実験が日本の工作員の仕業だと……!?」

 

 

 そのメールに曰く。

 

 ●マイクロブラックホール実験はニッポンの民間魔法組織が使嗾したものだ。

 ●当該組織は、実験により霊的な「何か」が呼び出されるのを知っていた。

 ●当該組織は日本で実施出来ない実験を、代わりに実行する国を探していた。

 ●当時、質量エネルギー変換魔法のヒントを血眼で探していたUSNA軍の科学者は、そこをつけこまれた。

 ●当該組織は更なる実験データを求めている。もう一度マイクロブラックホール実験をやれば、組織のエージェントが観測にやってくるだろう。

 ●フォーマルハウトは不意を突かれた為、パラサイトに憑依された。意識をしっかりと持ち、目的を強く念じていれば、ハイレベルな魔法師がパラサイトに憑依されることは無い。

 

 

 レグルスはその内容を鵜呑みにしたわけではなく、正直「怪しい」と感じていたが、マイクロブラックホール実験が知らず知らずのうちに工作員によって誘導されていたものだという指摘には、心を動かされた。

 あの実験が実行された経緯は、不自然だった。自分の理解が及ばぬ出来事を陰謀論で片づけてしまうリスクは、レグルスも理解しているつもりだった。だがマイクロブラックホール実験の実施に外部勢力の意思が介在していると考えれば、あの実験が何故あの時に行われたのか合理的な説明が可能であるよう思えたのだ。

 その外部勢力が日本の民間魔法組織、十師族であるかどうかは、レグルスの中で断定されていない。差出人不明の怪文書にそこまで左右されてはいならないと、レグルスは自分を戒めている。しかし、捜査が行き詰っている今、真相を解明出来る可能性があるなら、試してみても良いのではないかと彼は考え始めていた。

 実際にもう一度実験をやれば、パラサイトの発生源が本当にマイクロブラックホールだったかどうかも確認出来るし、怪文書の真偽も分かる。メールに書かれている事が事実なら犯人グループの尻尾も掴むチャンスである。

 パラサイトに憑依される犠牲者が新たに発生するリスクはあるが、自分たち恒星級の隊員ならパラサイトを捕獲する事も退治する事も可能だ。

 試してみない理由はない。レグルスはそう結論付けた。彼は自分がパラサイトに憑依される可能性を、この時考えてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レグルスが直属の隊長であるアークトゥルス大尉にマイクロブラックホール実験を提案しに行ったのは、アークトゥルスがウォーカー大佐に呼び出されて戻ってきた直後だった。

 レグルスは怪文書の事を正直に打ち明けた上で、実験の必要性を熱弁した。これが別の日であれば、アークトゥルスがレグルスの軽挙を窘めただけで終わっていただろう。だがアークトゥルスはウォーカーに命じられた任務の所為で、精神的に失調していた。

 日本の工作員の尻尾を掴めるかもしれないという可能性に、彼は意識を惹かれてしまった。ここで日本に対する大きな交渉材料を手に入れられれば、暗殺という唾棄すべき手段によらず戦略級魔法マテリアル・バーストを無力化出来るのではないか。そんな甘い計算が、アークトゥルスの脳裏に居座ってしまった。

 アークトゥルスはレグルスを連れて、基地指令室にUターンした。そしてどういうわけか、ウォーカー大佐もレグルスに説得されてしまう。

 大佐も本心では、参謀本部が伝えてきた任務をサボタージュしたいと考えていたのかもしれない。その場で参謀本部との交渉が行われ、マイクロブラックホール実験を再実施する方向で後日改めて連絡する、という結論になった。




リーナ以外もポンコツ揃いなんだな……

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