劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ここで大人しくしておけば……


試合前の攻防

 部活のユニフォームに着替えて第三演習室で待っていた十三束は、深雪の後に続いて入室してきた水波の姿に目をむいた。

 

「その恰好で試合するんですか!?」

 

「ルールには違反していないはずですが」

 

「それは…そうだけど……」

 

 

 淡々と答える水波に、十三束は少し頬を赤らめて視線を彷徨わせた。自分と水波との恰好の違いに、十三束は否応なく相手が女の子だと意識させられてしまったのだ。

 十三束の格好は、マーシャル・マジック・アーツの試合用のユニフォームだ。上は肘の部分にクッションが入ったボタン無しの長袖のシャツ、下は膝の部分にクッションが入り足首の部分だけが締まっているルーズなベルトレスのズボン。足下は格闘技用のソフトシューズだ。

 それに対して水波は、半袖のシャツに短いスパッツの体操服姿だった。右足の太腿にウェポンベルトを巻いて予備の模擬ナイフを差しているが、それ以外は普通に球技や陸上競技をする格好、腕も足もむき出しだった。

 水波の格好を見て絶句した十三束の内心を、他ならぬ対戦相手の水波が代弁する。

 

「怪我を心配してくださるのですか? 確かに十三束先輩の攻撃を受けたら、酷く腫れてしまうのは間違いないでしょう。骨折の可能性も小さくありません」

 

「だったら――」

 

 

 もっと防御を固めて欲しいという十三束のセリフを、水波が遮った。

 

「十三束先輩。模擬戦というのはそういうものです。白兵戦禁止のルールでも、怪我をする危険性はそんなに変わりません」

 

 

 今日の水波は、珍しく多弁だった。観客としてこの場にいる泉美は、水波が怒っているのだという事に気が付いた。水波が深雪の事で怒るのは珍しくも無いのだが、今日の怒りは何処か何時もと違うとも感じている。

 

「(水波さん、司波先輩の為に怒っているのでしょうか? 理不尽な要請を突っぱねる為に発表したプロジェクトの所為で、またしても理不尽な要請が司波先輩に来てしまった事に腹を立てている?)」

 

 

 水波の心の裡を推測していた泉美だったが、水波が口を開いた事で意識がそちらに引っ張られた。

 

「十三束先輩は、女子に怪我をさせる事を厭わず、今日の試合を吹っ掛けたのです」

 

 

 そこで水波は意図的に一呼吸置いた。

 

「ご自分の都合だけで」

 

 

 そして、十三束を糾弾する言葉を放つ。十三束は、水波の非難に反論出来なかった。

 

「(司波先輩や深雪先輩と同じで、水波さんも言葉で相手を追い詰めるのが得意のようですね。今の言葉で、十三束先輩の心中は穏やかではなくなったでしょう……)」

 

「……十三束君、試合を中止するかい?」

 

 

 立ち竦む十三束に、幹比古が声をかける。泉美と同じく、水波に心を掻き乱されて試合どころではないと思ったのだろう。

 

「この試合、勝っても負けても君にとって後味が悪い結果が残るだけだ。今止めれば、後悔せずに済む」

 

「(どうやら吉田先輩は十三束先輩の事を心配なさっての発言だったようですね。まぁ、確かに女子に怪我を負わせてまで司波先輩の居場所を知ったとしても、お母様に顔向け出来ないでしょうし、必ずしも司波先輩を説得出来るわけでもないのですから)」

 

 

 そもそも泉美は、十三束が説得したところで達也がディオーネー計画に参加するわけがないと思っている。クラスメイトでしかない十三束が説得して参加するなら、外務省やUSNAの人間も苦労するはずがないのだ。

 

「(そして、司波先輩に泣き落としは効果ないでしょうしね)」

 

 

 泉美は達也が、自分の身内以外にとことん冷たい事を知っている――その目で見ている。ましてや深雪に手を上げようとした相手に、達也が手加減をするとも思えない。

 

「(司波先輩のあの目は、相手を人間として見ていませんでしたからね……十三束先輩程度では、あの視線に耐えられるかどうか)」

 

 

 昨年の冬、深雪を手に掛けようとした反魔法師集団を相手にした時の達也の目を思い出し、泉美は身震いをした。先程深雪が十三束に向けたそれよりも何倍も鋭く、そして容赦がなかった視線を向けられれば、十三束ならすごすごと引き返すのではないかとすら思っていた。

 

「――吉田君、試合開始の合図を」

 

「(さすがに引き返しませんでしたか)」

 

 

 ここで引き返せばただの負け犬だと思っていた泉美だったが、十三束は幹比古の配慮を無視して試合開始を促した。今の十三束にとって、達也の居所を聞き出すのは絶対に必要な事なのだ。幹比古が口にした「後悔」という言葉に、十三束は「女の子に怪我をさせて後悔することになっても、ここで引き下がって後悔したくない」と思ってしまったのだった。

 

「――分かった。双方、ルールは理解しているね? 寸止め有りのルールだ。審判の判定には従ってもらう。さすがに達也のように無理矢理止める事は出来ないから、僕が止めたら素直に試合を中断する事」

 

 

 昨年の七宝VS七草姉妹の試合を見ている十三束と水波は、幹比古の意図を完全に理解し同時に頷いた。その反応を見て、幹比古は小さくため息を吐いた。残念な事に、十三束にも水波にも、引く気は見られなかったのだ。

 

「では――始め!」

 

 

 幹比古の合図と同時に、十三束と水波は魔法を発動したのだった。




泉美も心情的にも水波寄りですから

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