劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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純情少年で助かった


水波の読み間違い

 間合いを詰めて振動魔法で平衡感覚を奪い、怪我をさせる事無く勝利する――十三束が描いていた戦いの青写真は、目の前に立ちはだかる対物シールドに阻まれた。去年の恒星炉実験でも九校戦でも水波の実力は見ていたが、彼女の魔法発動速度に十三束は驚きを禁じ得ない。試合開始の合図から一瞬で、彼の接近を阻む障壁が完成していた。

 驚きはしたが慌てる事はなく、十三束はその透明な壁に突っ込んだ。想子を肉体から離れた場所に投射出来ないという彼の欠点は変わらない。一部の魔法については離れた敵を攻撃出来るようになっていたが、それは手元で発動した魔法の影響を連続した空間内に及ぼしているだけであって、離れた場所に魔法を仕掛けられるようになったわけではない。

 しかし同時に、高密度の想子を纏い、身に触れる魔法を無効化する特性も変わっていない。いや、この「接触型術式解体」というべき魔法無効化技能は想子のコントロールが上達した分、強化されていた。

 水波の魔法シールドに、十三束は肩から体当たりする。抵抗を感じたのは一秒未満。肉眼には見えない壁が砕け散るのを十三束は実感し、そのまま水波に掌底を打ち込もうとしたが、水波は十三束が魔法障壁に意識を取られた僅かな時間の隙を突いて、側面に回り込んでいた。

 魔法シールドの設置場所は、相対座標と絶対座標のどちらでも指定出来る。本当の意味での絶対座標で障壁を設置すると地球の自転、公転に猛スピードで置いて行かれてしまうから、絶対座標といっても殆どの場合は地球上の座標を基準とした相対位置指定なのだが、人の意識の上では絶対座標と表現しても差し支えない。――なお、真の絶対座標を指定して追いついてくる相手を壁にぶつからせることでダメージを与える技術は、きわめて高度な攻撃性魔法として知られている。

 今、水波は一般的な意味での「絶対座標」で障壁を展開していた。それに対して十三束は「障壁の向こうに敵がいる」という先入観で行動した。その所為で彼は、壁を破った直後の瞬間、水波の姿を見失ってしまう。

 水波が十三束の側面から、攻撃性魔法の基礎技術とも言える圧縮空気弾を放った。調整体「桜」シリーズは魔法障壁に高い適性を与えられており、第二世代の水波も障壁魔法を特に得意としている。だが水波は達也や十三束のように、得意魔法以外の術式を苦手としているわけではない。それに「圧し固めた状態を維持する」圧縮空気弾は概念的に障壁魔法と相通じる面があり、水波には使いやすい魔法だ。

 それは「大きな威力を出せる」魔法と同義。脅威度が高かったからこそ、直感が働いたのかもしれない。十三束は強烈な危機感に駆り立てられて、甲冑型の魔法障壁を張り巡らせた。

 十三束に出来るのは、身体的な接触がある物体、あるいは領域に魔法を発動させる事だけ。だが接触状態の距離ゼロメートル「レンジ・ゼロ」においては、無類の強さを発揮する。それが十三束鋼という魔法師だ。

 強化魔法とはまた違う、着ている服に重なる形で発動した対物障壁が、水波の圧縮空気弾を受け止める。十三束の作り出した甲冑は、空気の塊が激突した衝撃と圧縮が解かれて生じた爆風の両方を防ぎ切った。

 十三束が続けて、移動魔法を発動する。自分自身を移動させる魔法は彼の得意技『セルフ・マリオネット』の基礎だ。その練度は高く、次の攻撃性魔法を準備していた水波のすぐ前に、十三束は飛ぶよりも早くたどり着いた。足の裏に床の感触を掴んですぐに、十三束が右手を右脇のすぐ前まで引いた。右足を踏み出して掌底順突きを放つ構え。

 だが目の中に飛び込んできた思いがけない光景に、十三束の手足は動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意を突かれた水波の顔に動揺が走る。彼女にしてみれば、十三束が空間的な隔たりを無視していきなり出現したように見えただろう。水波が十三束の攻撃を逃れ得たのは、四葉本家の戦闘訓練で培われた反射神経のお陰だった。

 十三束が順突きの呼び動作に入るのと同時に、水波は狙われている胸を大きく後方に逸らし、勢いよく床を蹴った。敵が目の前でバク転をするという映画のようなアクションに、十三束の攻撃が不発に終わる。

 否、十三束の動作に遅滞が生じたのは、バク転そのものに驚いたというより、めくれ上がるシャツの裾から覗いた肌色に目を奪われた所為ではないだろうか。少なくとも水波は、距離を取った自分に向けられている十三束の視線から、そう感じた。

 水波は嫌悪感を覚えるよりも、助かったと思った。十三束の間合いを読み違えたのは、模擬戦終了に繋がりかねない隙だった。おへそを見られたくらいで見逃してもらえるなら御の字だ。

 

「(相手が達也さまだったら、今ので終わっていた)」

 

 

 バク転で掌底突きは躱せても、着地した直後の体勢では次の攻撃を躱せなかったに違いない。それが達也の攻撃なら絶望的だ。

 そして達也だったなら、女性の素肌を見たくらいで攻撃を中断したりしない――水波は相手が達也で無かったことに安堵し、それと同時に自分の考えの甘さを反省してからさらに横へ跳んで、魔法障壁を展開し直した。




へそチラくらいで硬直するとは……

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