劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也の考えを利用しようとする連中が多数……


諸外国の動き

 木曜日、達也を巡る情勢に大きな変化があった。インド・ペルシア連邦の魔法研究の中心地、旧インド中南部のハイダラーバード大学で同大学の魔法工学分野第一人者、戦略級魔法アグニ・ダウンバーストの開発者として知られている女性科学者アーシャ・チャンドラセカールが記者会見を開いた。

 

『――以上の理由により、私はUSNAの金星開発計画ではなく、日本の恒星炉計画を支持します』

 

 

 その席でチャンドラセカール博士は、ディオーネー計画ではなく、達也のESCAPES計画に対する支持を表明したのである。

 インド・ペルシア連邦はそれまでディオーネー計画に対する態度を明らかにしていなかった。それが、政府の公式発表ではなく一科学者による記者会見とはいえ、ディオーネー計画に対する不支持を表明した事は、他国に大きな驚きを持って受け止められた。

 しかも不支持の理由が、日本の一青年が発表した、国家プロジェクトでもない単なる民間の事業計画であるエネルギープラントの建設を支持するから、というものだ。達也のESCAPES計画はその正式名称すら決まっていない内から、世界の注目を集めつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーシャ・チャンドラセカール博士の記者会見が世界に中継された翌日、USNAの野党系テレビ局が「十三使徒」の一人、トルコのアリ・シャーヒーンのインタビューに成功した。そのインタビューは生中継でこそ無かったが、当日中に北アメリカと西ヨーロッパのテレビネットワークで放映された。そこでシャーヒーンは、ディオーネー計画に対する消極的な反対意見を述べた。

 

『――では。トルコ政府はUSNAが自国の宇宙開発計画に他国民の参加を強制すべきでは無いと考えている、ということでしょうか?』

 

『政府の見解ではありません。あくまで私個人の意見ですが、魔法の平和利用の道は、一つに決めてしまわれるべきではありません。例えば先頃、日本で魔法による核融合炉を使った画期的なプロジェクトが発表されました』

 

『昨日、インド・ペルシア連邦のチャンドラセカール博士が言及されていたプロジェクトですか?』

 

『そうです。皆さんがご存じかどうかは分かりませんが、重力制御魔法を使った核融合炉は、加重系魔法の技術的三大難問の一つと言われていました。司波達也という青年は、その解決に目処をつけたばかりか魔法の平和利用に活かそうとしているのです』

 

『野心的なプロジェクトですね』

 

『はい、私もそう思います。こうした平和的魔法利用の動きは、今後世界中で生まれてくるのではないでしょうか。ディオーネー計画は素晴らしいプロジェクトだと考えますが、他の可能性を摘み取ってしまうような真似は控えるべきだと思います』

 

 

 アリ・シャーヒーンの発言は押しつけがましさが無かった分、チャンドラセカール博士の記者会見以上に、欧米の人々の間に広く受け入れられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新ソ連の国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人、レオニード・コンドラチェンコ少将は、ヴィジホンの中で大層不快気に唇を歪めた。

 

『シャーヒーンの魂胆は分かっておる。あの小僧は我が国とアメリカがこれ以上接近するのを、何としても阻止したいのだ』

 

 

 アリ・シャーヒーンはまだ三十歳。七十歳を超えるコンドラチェンコにとっては、紛れもなく「小僧」だろう。

 

『故にシャーヒーンは、ディオーネー計画に負の印象を植え付ける事で計画を頓挫させようと望んでいる。我が国はあの計画でアメリカと手を結んだ格好になっておるからな。小僧としては、何とか潰したいのだろうよ』

 

「シャーヒーンが日本に使嗾されて動いている可能性はありませんか?」

 

 

 ベゾブラゾフはコンドラチェンコにそう尋ねた。彼自身の調査では、シャーヒーンと日本の如何なる勢力の間にも、今回の件で共謀関係は無い。だが国境地帯を挟んでシャーヒーンとにらみ合っているコンドラチェンコであれば、自分には分からなかった事情を知っているのではないかとベゾブラゾフは考えたのだが、コンドラチェンコの回答は明確なものだった。

 

『無いな。シャーヒーンにトルコ国外の者が接触すれば、儂には分かります。今回の事は、小僧が自分の考えでやった事だ』

 

「それにしては、タイミングが良すぎませんか?」

 

『シャーヒーンは博士がディオーネー計画に協力すると発表して以来、あの計画を妨害する材料をずっと探しておったはずです。彼奴にとって我が国がアメリカと手を組むのは、最悪の凶夢ですからな』

 

「そこに司波達也が、核融合炉プラント計画を発表したというわけですか」

 

『然様。小僧にとっては砂漠で見つけた井戸だ。喜び勇んで飛びついたことでしょう』

 

「ただ、井戸の水が飲めるかどうかがすぐには分からなかった。だから利用するのに数日の時間差があったのですね」

 

『司波達也の計画を利用しようと決意するまでの時間は精々二、三日でしょう。そこからアメリカのテレビ局に渡りをつけて、向こうからインタビューを申し込まれた態を装った。真相はこんな所でしょうな。それで、博士。どうなさるおつもりか。最早エドワード・クラークは当てにならぬと思うが』

 

 

 ほぼすべてにおいて、ベゾブラゾフはコンドラチェンコに賛成だった。エドワード・クラークは国際世論工作に失敗したと、ベゾブラゾフは判断していた。

 

「そうですね……今日にでも、再びウラジオストクに向けて発ちます。今度は『イグローク』を連れて」

 

『では?』

 

「ええ。我が国に何時牙をむく分からない戦略級魔法を、これ以上放置しておくべきではないでしょう」

 

『おお……成功を祈っておりますぞ』

 

 

 ベゾブラゾフが『イグローク』を連れていく。その意味を知っているコンドラチェンコは、ヴィジホンの画面の中で目を輝かせた。




邪魔さえしなければ達也は気にしないでしょうけどね……

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