劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1431 / 2283
深雪の甘えん坊具合が……


新ソ連からの攻撃

 深雪を別荘に迎えた達也は研究を休みにして、彼女の相手を務めた。義理感からではなく、深雪の話を聞いていたい、深雪と同じ時間を過ごしたいという欲求が達也自身にもある。もしかしたらそれは、伯母・深夜の精神改造によって植え付けられたのかもしれない。もっとも達也は、それで構わないと考えている。

 もし彼の心が何の操作も受けていなかったとして、彼は自分の自由意思で、完全無欠な妹を妬み、深雪を疎んじたかもしれないのだ。憎む事すらしたかもしれない。才能に劣る兄が妹の才能に嫉妬し憎悪するというのは、如何にもありがちだ。深雪にそんな気持ちを向けるより、今のままが良い。達也はそう思っている。

 しかし、それにも限度がある。夕食と入浴を済ませ、寛いでいた居間で深雪が口にしたリクエストは、達也にもさすがに頷けないものだった。

 

「深雪……幾ら何でも同じベッドで寝るというのは、ちょっとな……」

 

 

 寝ると言っても、色っぽい話では無かった。むしろそっちの方が、覚悟が出来たかもしれない。深雪が「おねだり」してきたのは、同じベッドで眠るということだった。幼子が添い寝をねだるのに近い。

 

「駄目ですか……?」

 

 

 達也は眩暈を覚えた。ここで「駄目だ」と強く言えない自分の、何と情けないことかと。

 

「……先日の和室に布団を用意させる。同じ部屋で眠る、ここまでが最大限の譲歩だ」

 

「それで良いです。ありがとうございます、達也様!」

 

 

 深雪は嬉しそうに両手を合わせてはしゃいでいる。仕方がないか、と達也は心の中でため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベゾブラゾフはアンナ・アンドレエヴナ、ベロニカ・アンドレエヴナ、二人の「イグローク」を大型CAD『アルガン』に無菌カプセルごと閉じ込め、自分はそのオペレーター席に座った。アルガンというのは単なる通称だ。意味はそのまま「オルガン」、ベゾブラゾフのチームは「パイプオルガン」の意味で使っている。この一車両を占拠するCADを見たある政府高官がそのサイズに驚き「まるでパイプオルガンのようだ」と発言したのが、そのまま採用されたのだった。

 ただ似ているのはサイズと筐体の左右背後にパイプを並べているような形状だけで、プレイヤーはコンソールに向かうのではなく内部に取り込まれ、指揮者も豪華な椅子に座ったまま筐体の中に閉じこもる。

 イグロークは全部で七人いるが、彼女たち全員を同時に使う事はない、その必要がない。トゥマーン・ボンバを発動するだけなら、ベゾブラゾフ一人で事足りる。イグロークはあくまでも補助、そして安全装置なのである。今回の作戦規模なら二人で十分、ただそれだけのことだった。

 ベゾブラゾフは新ソ連軍の情報ネットワークからもたらされるターゲット周辺の情報に目を通した。現地の天候は小雨。風もなく、トゥマーン・ボンバの使用には最適に近い状態だ。現在の時刻は朝の六時。日本の現地時間は朝五時。ターゲットはまだ眠っているに違いない。その眠りを永眠に変えるべく、ベゾブラゾフは魔法の発動態勢に入った。

 CADアルガンに付属する大型コンピューターが、観測機器から得られるターゲットの位置データをCADが利用出来る形式に変換する。併せて、魔法式構築に必要な起動式の元データがベゾブラゾフのオペレーションにより大型コンピューターで作成される。

 ベゾブラゾフは自分の精神内で魔法式の諸元を指示する代わりにコンピューターのコンソール上で全ての条件を指定して、それを元に起動式を組み立てている。彼はそうする事で、普通の魔法師には不可能な、きわめて複雑な魔法式を構築していた。

 同様の装置――大型コンピューターを利用したCADは、新ソビエト科学アカデミー極東本部にも置かれている。打ち明けた話、極東本部に据え付けられている物の方が、コンピューターの性能は上だ。ただ向こうにはイグロークを利用するシステムが備わっていない。ベゾブラゾフがアルガンを持ってきたのは、今回の作戦にイグロークのアシストが必要だと判断したからだった。

 電気的な刺激により、強制的に眠らされているイグローク――二人のアンドレエヴナから想子を抽出する。無菌カプセルの中で体温と同じ温度に調整された生理食塩水に浸かっている二十代前半の全裸の女性が、意識のないままに呼吸用マスクの下で苦悶の表情を浮かべた。

 もっともカプセルに透明な部分は無いし、既に二人はアルガンの内部に収容されているので、彼女たちの表情を窺い見る事は誰にも出来ない。ベゾブラゾフにも分からない。たとえ彼女たちが苦しんでいる姿を見たところで、ベゾブラゾフも彼のスタッフも眉一つ動かさなかったに違いない。

 アルガンの本体部分へ想子が注入され、すぐに起動式の出力が始まった。起動式をベゾブラゾフと二人のアンドレエヴナが、同時に読み込む。ベゾブラゾフは自ら意識して、イグロークの二人は彼女たちの意識によらず強制的に。

 アルガンがイグロークの起動式の読み込み速度を調整することで、三人の魔法式出力タイミングを合わせる。ベゾブラゾフを含めた三人が、魔法式構築終了を以て自動的に、その部分はベゾブラゾフすら彼の意思によらず、戦略級魔法トゥマーン・ボンバを発動した。




軍が警告しておけば……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。