劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一瞬の攻防が激しすぎる……


早朝の奇襲

 自分と深雪に向けて、悪意が押し寄せてくるのを、達也は眠りの底で感じ取り、一気に覚醒した。

 

「(水の分解魔法――酸水素ガスの生成と再結合)」

 

 

 達也は覚醒と同時に、彼らを標的とする悪意の正体、魔法の性質を読み取った。

 

「(トゥマーン・ボンバか!)」

 

 

 降り続いていた小雨が既に、霧に変えられている。雨粒をさらに細かく、霧に分別する工程。霧を水蒸気に帰化する工程。水蒸気を水素と酸素に分解する工程。そして、水素と酸素を同時に結合――点火する工程。戦略級魔法トゥマーン・ボンバの性質を、達也は今こそ認識した。

 枕元に置いておいた拳銃形態CAD、シルバー・ホーン・カスタム『トライデント』を彼は無意識に近い動作で手に取った。達也は眠る時、手が届くところに愛用のCADを準備しているのだ。

 宗谷海峡の戦闘を援護した経験で、対策は決まっている。選択する魔法は、術式解散ではなく雲散霧消。事象改変内容は、水の分解。水分子を水素と酸素に分解する。改変対象は、半径五十メートルの範囲内で一秒以内に水素と酸素の結合で生成される水分子。

 トゥマーン・ボンバが発動し、雲散霧消が発動する。二つの魔法の、相反する事象改変が相克を起こし、両方の魔法が破綻する。

 

「(まだだ!)」

 

 

 敵の攻撃はまだ終わっていない。トゥマーン・ボンバの魔法式複写魔法『チェイン・キャスト』は終了していない。僅かなタイムラグを置いて、新たに空から落ちてきた雨粒から酸水素ガスが生成される。

 

「お任せください!」

 

 

 その声が達也の耳に届いた時には、深雪の魔法が発動していた。振動減速系概念拡張魔法『凍火』対象領域内の、熱量の増大を禁じる魔法。「燃焼」という現象を阻害する魔法。

 

「達也様、今のうちに!」

 

「分かった!」

 

 

 現在、別荘を中心とした半径百メートルの空間は、酸水素ガスを生成してもそれに着火出来なくなっている。深雪が稼いだ時間を使って、達也はトゥマーン・ボンバの術者へ「眼」を向けた。自分と深雪を狙う「敵」を辿って、悪意の源を「視」認する。

 そして達也は「視」た。敵の攻撃は、まだ終わっていない。深雪の魔法が及ぶ、更に外側の上空に、トゥマーン・ボンバが仕掛けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥマーン・ボンバによる一撃目、二撃目を防がれても、ベゾブラゾフに動揺は無かった。宗谷海峡の戦闘で経験を蓄えたのは、達也だけではない。あの時、自分を阻んだ敵手が質量エネルギー変換魔法の戦略級魔法師ではないかと推測したベゾブラゾフは、同じ相手ともう一度相見えた時に備えて、その対策をシミュレートしていた。彼がアルガンの大型コンピューターにインプットしておいたのは、その時の戦術シミュレーションに基づいた一連の魔法式構築用データだ。

 敵が燃焼阻害の魔法を使ったのは予想外だったが、発生した現象は相克による定義破綻と同じ。酸水素ガスの燃焼を妨害されるという点に変わりはない。ならば対策に変更はない。

 シミュレーションに基づく魔法の波状攻撃は、既に放たれている。ベゾブラゾフは自分の勝利が確定する瞬間を、指揮者の椅子の上で待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は雨雲を砕いて作り出された濃密な霧が、別荘の二百メートル上空で逆漏斗状の塊を形成しているのを「視」認した。深雪の『凍火』の、更にその範囲外。逆漏斗の形状は、モンロー効果を生み出す為のもの。達也はその構造を分解しようとした。

 だが彼の分解魔法発動速度を以てしても、既に最終段階に入っていたトゥマーン・ボンバは阻止出来なかった。霧の塊を逆漏斗状に固めている魔法の構造を読み取る為に必要な、一瞬とも言える短い時間の分、間に合わなかった。

 霧の塊が水素と酸素に分解され、酸水素ガスは外側から内側に、同時にではなく連続的に燃焼した。モンロー効果により、衝撃波が一点に集中する。その焦点は逆漏斗の開口部中心ではなく、その遥か下にある別荘。

 衝撃波が達也の頭上に襲いかかる。達也は反射的に、深雪を自分の腕の中に抱きしめ、その衝撃を分解しようと引き金を引こうとして、自分たちを守る魔法障壁の存在に気付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三連続波状攻撃の、最後の一手。チェックメイトとすべく繰り出した攻撃が無事発動した手応えに、ベゾブラゾフは勝利を確信した。

 

「(勝った!)」

 

 

 上空を覆っていた雨雲は、今の魔法の副次効果吹き飛んでいる。この時間にちょうど、日本の伊豆上空を飛んでいる低軌道偵察衛星を新ソ連は持っていないが、準同期軌道上の衛星が観測可能位置にいる事は照準段階で分かっている。

 ベゾブラゾフは大型CADアルガンに搭載されている通信機能を使って、その衛星の観測データにアクセスした。

 

「なにっ!?」

 

 

 彼の口から、思わず驚愕の声が漏れる。手元のモニターに表示された映像の中で、標的の別荘は健在だった。トゥマーン・ボンバが生み出した集束衝撃波を浴びて、木造建築家屋が無事でいられるはずはない。半日前に偵察衛星で分析した別荘の構造は、間違いなく、単なる木造建築だった。地下にシェルターが備わっていた可能性はあるが、あのように地上の家屋が無傷で残っているのは、一つの可能性を除いてありえなかった。




どっちも戦略級魔法師なだけはある……

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