劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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物々しいタイトルだな


人体消失魔法

 達也の腕の中で、深雪が呆然と呟いた。

 

「いったい、何が……」

 

 

 彼女もトゥマーン・ボンバの発動と衝撃波の襲来は感知していた。自分の『凍火』では防御出来ない事も、反撃態勢に移行していた達也の迎撃が間に合わない事も。だが自分が死ぬとは思わなかった。どんな傷を負っても、達也が治してくれるに違いないからだ。いや、戻してくれる、と表現した方が的確だ。

 心のどこかにその甘えがあったから、すぐに訪れるであろう痛みに怯える余裕があった。だが確実に到来するはずの破壊が起こらなかった。致命傷がもたらすはずの激痛が、やってこなかった。

 意識の全てが「達也の奇跡」と「それを授かる自分」に向いていた深雪は、何が起こったのか咄嗟に理解出来なかった。

 

「深雪、減速領域(ディーセラレイション・ゾーン)だ! 半径三十メートル!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 既に『凍火』の効果は切れている。深雪は魔法の重複を気にせず、達也に命じられた魔法を発動した。

 

『減速領域』

 

 

 対象領域内の、物体の運動を減速する魔法。通常であれば個体を減速するだけの魔法だが、深雪の『減速領域』は気体の分子運動にも及ぶ。爆発による膨張速度、即ち空気分子のランダムな運動速度の上昇も抑制され、衝撃波は減衰し、破壊力を失う。

 達也も深雪も勘違いしていたのだ。トゥマーン・ボンバに対抗する為の魔法は『凍火』ではなく『減速領域』が正解だったのである。

 

「ピクシー、水波を頼む!」

 

 

 深雪の魔法発動を確認せず、達也は虚空に向かって呼び掛けた。

 

かしこまりました(イエス)ご主人さま(マスター)

 

 

 テレパシーでピクシーから返事が戻ってくる。それ以上の指示は出さない。今は、これ以上の攻撃を許さない事が最優先だ。

 達也は中断していた照準を再開した。大型拳銃形態の特化型CAD『トライデント』を持つ右手を、頭上に差し伸べる。エレメンタル・サイトを、トゥマーン・ボンバの発生源に向ける。爆発の発生源ではなく、魔法の源。魔法を放った魔法師。

 

「(ベゾブラゾフではない?)」

 

 

 達也が到着したのは、二人の若い女性のエイドス。酷く歪で脆弱な、恐らくは壊れかけた調整体魔法師。ディオーネー計画参加の記者会見に姿を見せたベゾブラゾフは、四十代後半の男だった。あれがベゾブラゾフ本人だったという保証はないが、少なくともベゾブラゾフが、ロシア人男性であることは確実だったはずだ。間違っても二十代の女性ではない。エレメンタル・サイトに見間違いはない。リーナが得意としていた魔法『仮装行列』のように、エイドスを偽装している形跡もない。

 

「(新ソ連が秘匿している戦略級魔法師か?)」

 

 

 世界には十三人の国家公認戦略級魔法師以外にも、三十から四十人の戦略級魔法師が隠れている。この二人が何者であれ、彼女たちがトゥマーン・ボンバの発生源であることは確実だ。

 

「ならば、消し去る」

 

 

 あえて口にしたその言葉と共に、達也は愛用のCADと同じ名を持つ三連分解魔法『トライデント』を発動した。人体焼失ならぬ、人体消失魔法。およそ千キロメートルの距離を超えて、人間を消し去る魔法が発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大型CADアルガンのコンソールで、警告灯が激しく明滅する。ベゾブラゾフが座る『指揮者』の席に警報が鳴り響く。

 コンソールに表示された警告文は、二人のイグローク、アンナ・アンドレエヴナとベロニカ・アンドレエヴナを閉じ込めたカプセルが破裂したと。童話に描かれた人ならざる姫君の如く、二人のアンドレエヴナは、生理食塩水に満たされたカプセルの中で泡となって消え失せた。人体の気化による圧力の上昇が密閉されたカプセルの耐久力を超えて、アルガンの内部でカプセルが破裂するという事態を招いたと。

 ベゾブラゾフはアルガンから緊急脱出した。カプセルの破裂によりダメージを被った大型CADは修理が必要だ。中に留まっても攻撃を続ける事は出来ない。

 だがそれ以上に、自分の姿を情報の次元から隠していたダミーが消えたことで、今度はベゾブラゾフ自身が人体消失の超遠隔魔法攻撃に狙われる可能性が生じた。ベゾブラゾフはそれを恐れたのだ。

 二人のイグロークはベゾブラゾフを守る壁の役目もしていたが、その防壁が消え失せたのだ。次は消し去られたイグロークと同じCADに接続している魔法師が狙われる。それは魔法理論に詳しい者にとって自明の展開だった。

 ベゾブラゾフはアルガンから脱出しただけでは安心出来ず、CAD車両を抜け出した。線路から遠ざかり、一基の大型CADに占有された列車車両をじっと見つめる。それ以上の攻撃は無かった。

 ベゾブラゾフの心に、屈辱感は無かった。ただ、生き延びたことへの安堵があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は二人の敵魔法師が消失し、トゥマーン・ボンバに使われていたCADが破損したのを情報の次元で観測して、戦闘態勢を解除した。

 

「深雪、もういいぞ」

 

「はい、あの、水波ちゃんは……」

 

 

 深雪も既に気付いていた。自分たちを衝撃波から守ったのが、水波の防御魔法であることに。

 

「一緒に来てくれ」

 

 

 達也は深雪と目を合わせる時間も惜しんで、寝室に使っていた和室を後にする。ただ事ではない達也の態度に、深雪も慌ててその背中に続いた。

 そして、ダイニングの床に倒れている水波の姿に、悲鳴を上げたのだった。




とあるゲームでは使えない魔法だった減速領域が役立ってる

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