劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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思いの外ダメージがデカい……


四葉家への精神的ダメージ

 誓約の完全解除により、達也は真の力を取り戻した。それは、マテリアル・バーストを自由に使えるようになったという変化に留まらない。

 エイドス復元魔法『再成』の対応領域も広がった。これまで彼の力が及ばなかった、精神に直結する想子情報体『幽体』の構造情報を遡及し、複写出来るようになった。

 しかしそれでも、水波が衰弱している根本的な原因は見つからなかった。幽体構造に所々綻びが見られる。情報が局所的に欠落している所為で、何ヵ所も穴が空いた状態になっている。

 だがこれは衰弱の原因ではなく結果、想子情報体の修復力が衰えた為に生じた虫食いだ。これを修復しても、元々の修復力が回復しなければ根本的な治療にはならない。

 しかし、精神に付随する情報体の破損を放置すれば、肉体に付随する情報体の破損が繰り返して発生し、肉体をますます損なっていくことになる。

 幽体は、精神の命令を肉体に伝える。破損した幽体は、破損しているという情報を肉体に伝えてしまう。肉体は精神から、壊れる事を命じられていると誤解してしまう。その結果肉体は、物質的には壊れていないにも拘わらず、壊れてしまった状態と同程度の性能しか発揮出来なくなってしまうのだ。

 応急処置にしかならないが、一時凌ぎだからといって処置をしなければ決定的な悪化に繋がる。故に、達也は再成により、水波の想子情報体を復元した。

 肉体に付随する想子情報体と、肉体と精神を繋ぐ想子情報体の構造を、攻撃を受ける前の構造情報で書き換える。上書きされた過去の情報が、時間経過を加味した調整が自動的に行われた後、現在に定着する。

 

『体温、摂氏三十五度を回復。血圧、心拍数共に危険値を脱しました』

 

 

 ピクシーがテレパシーで症状の改善を伝えてきた。だが水波の意識が回復する兆しはない。

 

「ピクシー、布団をここに持ってきて水波を寝かせろ」

 

かしこまりました(イエス)ご主人さま(マスター)

 

「深雪は水波の周りを、水波の現在の体温と同じ温度に温めてくれ」

 

「かしこまりました!」

 

 

 ピクシーにコントロールされたホームオートメーションロボが動き出し、深雪の魔法が床と空気に干渉する。達也はそれらの結果を確認せず、電話機の前に走った。一一九番ではない。ダイヤルした先は、四葉本家だ。

 

『達也様、如何なさいましたか?』

 

 

 早朝であるにも拘わらず、葉山は一筋の乱れもない服装で画面に出た。一方の達也は、まだパジャマ姿だ。だが達也にはそれを気に掛けている余裕はなかったし、葉山も咎めようとはしなかった。

 

「このような恰好で失礼します」

 

 

 それでも一応、そう前置きして、本題に入る。

 

「別荘が遠距離魔法による攻撃を受けました。使われた魔法は、トゥマーン・ボンバと思われます」

 

 

 葉山の眉がピクリと跳ね上がった。だが彼の驚きを示すものは、それだけだった。

 

『被害はございましたか?』

 

 

 慌てていない、かつ適度に緊張感を伝える声で、葉山が尋ねる。

 

「自分と深雪には、かすり傷一つありません。ただ水波が魔法演算領域のオーバーヒートと推定される症状で倒れました。応急処置は済ませましたが、専門的な治療が必要です」

 

 

 「魔法演算領域のオーバーヒート」というフレーズを聞いて、葉山の顔色が僅かに変わった。葉山が動揺を垣間見せたのはごく短い時間だったが、先々代当主・四葉元造の死因と推定される「魔法演算領域のオーバーヒート」はやはり、四葉家の重臣にとって無視できないものであるようだ。

 

『……承知しました。こちらで入院の手配を致します。兵庫を迎えに遣わしますので暫しお待ち願います』

 

「よろしくお願いします」

 

 

 目的を果たして、達也は電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵庫に伊豆へ向かうよう指示してから、葉山は彼にしては珍しくため息を吐いた。

 

「あら、葉山さんがため息なんて、明日は大雨かしら」

 

「奥様。これはこれは、恥ずかしい所を見られてしまいましたな」

 

「さっきたっくんから電話があったようだけど、こんな時間に何の用だったの?」

 

 

 葉山は一瞬だけ逡巡を見せたが、すぐにその迷いを断ち切り真夜に報告をした。

 

「先程達也様がご滞在されている別荘を狙った、遠距離魔法が放たれたとの報告でした」

 

「それで、被害は?」

 

「達也様にも深雪様にも、かすり傷一つ無かったようですが、お二人を守った為に桜井水波が魔法演算領域のオーバーヒートを起こしたとの事でございます」

 

「水波ちゃんが……」

 

 

 さすがの真夜も表情一つ変えずに、とはいかなかったようで、驚いた表情で口元を抑えた。

 

「それで、容態は?」

 

「達也様が応急処置を施したとの事ですので、即座に命を落とすという事は無いでしょうが、専門的な治療が必要な状況であると」

 

「そう……一命をとりとめたとしても、魔法師としてはもうダメかもしれないわね」

 

「奥様」

 

「えぇ、決めつけるのは早計だと分かってはいるのだけど、水波ちゃんは調整体だし、彼女の遺伝子上叔母に当たる穂波さんも、同じ症状で命を落としたわけだから」

 

「達也様と深雪様には、辛い結果になるかもしれませんな」

 

「生きてさえいれば、水波ちゃんは別の方面で活躍出来るでしょうし、深雪さんが悲しむ結果にはならないとは思うわよ」

 

 

 口ではそう言っていながら、真夜の表情が晴れていない事を、葉山は見逃さなかったのだった。




四葉家全体にとっても、水波の容態は気になるのでしょう

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