比較的小型のSUVが装甲車の鼻先に停まったのを見て、運転席の士官が指示を求めるように風間へ目を向けると、風間は印を解き、ドアの開閉スイッチに手を掛ける。
「隊長?」
「全員、車内に待機。こちらに敵対の意思があると相手に誤解を与える行為は禁じる」
部下に釘を刺し、風間は装甲車を降り、その位置でSUVに顔を向ける。分かり易い動作を心掛けたので、相手にも見られている事が分かったはずだと考え、風間は自分からそれ以上の行動を起こさず、車内からの反応を待った。だがリアクションはなかなか得られなかった。その理由に、風間はすぐに気が付いた。
今いる場所は、比較的開けている。達也がいる別荘に対する攻撃を記録するという目的からそう言う場所を選んだのが、それでも木立で所々視線が遮られている。その死角に、人が集まっている。総数十一人。風間の感覚では、全員かなりレベルが高い魔法師だ。
SUVの運転席と助手席のドアが同時に開いた。増援はこれですべてという事だろうと、風間はそう判断した。
「津久葉夕歌と申します。四葉家を本家と仰ぐ、津久葉家の長女で、四葉家次期当主であられる司波達也の婚約者の一人です」
助手席から降りてきた若い女性が、良く通る声で呼びかけてくる。彼我の距離は五メートルを超えているが、風が吹いている屋外でも聞き取りに不自由はない。
「国防陸軍第一○一旅団、独立魔装大隊の風間中佐とお見受けします」
自分の素性を言い当てられたことに、風間は驚かなかった。彼女が名乗った通りの素性なら、自分の事を知っていても不思議ではない。
「如何にも。自分は、国防陸軍の風間です」
風間は装甲車の側から動かず、応えを返した。手の届く範囲に近づくことを、相手が望まないと考えたからだったのだが、風間の予想に反して、夕歌の方から風間に歩み寄ってきた。風間もすぐ、それに応じた。
相手に友好姿勢を見せるという意味は無論あったが、それだけではない。二十代前半の若い女性を、部下の乗る装甲車の傍まで歩いてこさせるというのは、自分が臆病風に吹かれているように見られるのではないかと懸念したからでもある。
運転席から降りてきた女性が、夕歌のすぐ後ろに付き従っている。彼女の護衛なのだろう。前に立たないのは、防御魔法に自信があるからだろうと風間は推測した。
「(『ガーディアン』か。手練れだな)」
四葉家の「ガーディアン」について、風間は達也からある程度の事を聞いている。護衛と思われる後ろの女性が「ガーディアン」であることは、身に纏う雰囲気で察せられた。
「風間中佐。ご存じないかもしれませんが、ここは四葉家の私有地です。厳密に言えば四葉家が支配する不動産会社の持ち物なのですけど、今はどうでもいい事でしょう。国防軍は私有地で何をされていたのですか? そんな物まで持ってきて」
ガーディアンの女性――千穂に意識を移していた僅かな時間に、夕歌は普通に会話できる距離まで近づいてきて、装甲車に目を向けながら問い掛けてきた。
予想通りの詰問に、風間はどう答えるべきか悩んだ。見つかる事を想定していなかったので、言い訳を用意してなかったのだ。
風間にとって不運だったのは、昨日と今日が夕歌のローテーションの日だった事だ。他の術者であれば、彼の『隠れ蓑』が見破られることは無かった。
「申し訳ありませんが、軍機につきお答えできません」
結局風間は上手い言い訳を捻りだせず、民間人に対するジョーカーを切る羽目になった。
「軍機というのは、外国による民間人を標的とした攻撃を事前に察知していたことですか? そちらの装甲車……情報収集の為の装備ですよね?」
だが夕歌は「軍機」で恐れ入るような、殊勝な性格ではなく、風間たちが乗ってきた装甲車に視線をやってから背後の千穂を振り返った。
「はい。偵察用の仕様になっていると見受けられます」
応じる千穂のセリフは断定形にこそなっていなかったが、口調はそれに等しかった。
「誤解しないでいただきたい。我々に四葉家と敵対する意思はありません」
風間は表面上は欠片も同様を見せず、「民間人」を「四葉家」と言い換えて夕歌の言葉に応じた。
「四葉家は民間人ではないと?」
夕歌は風間がほのめかした部分をすかさず追及したが、この返しは風間の注文に乗るものでもあった。
「形式はともかく実質的には、完全な非戦闘員ではないでしょう」
「……公僕は形式こそが重要なのではありませんか?」
言い返しはしたものの、わずかにタイムラグが生じた。夕歌が風間の論法を否定出来なかった証拠だ。
「形式で納得していただけるのですか?」
風間が控えめな笑顔で問いかけると、夕歌は答えに詰まってしまった。これで切り抜けられると思った風間だったが、彼の思惑を打ち砕く第三者が現れた。
「そんなことより、トゥマーン・ボンバによる攻撃を、軍が予期していたかどうかを知りたいのですが」
予期せぬ反問に、風間は慌てて振り返る。木陰の陰から投げ掛けられた声に、風間の顔には隠し切れない動揺が浮かんでいた。
「達也……」
「達也さん……」
達也の姿を確認して、風間と夕歌が、同時にその名を呟いたが、二人の表情は実に対照的だった。
口では風間の方が上手だった