FLT開発第三課は本社から大分離れた位置に研究所を構えている。その所為で初めてこの場所を訪れる人間は必ずと言っていいほど迷うのだ。
「えっと……確かこの辺りのはずなのですが」
多分に漏れず少女が一人第三課を目指して迷っていた。
「どうかしたんですかい?」
「えっ?」
開発第三課主任、牛山が迷ってる少女に声を掛けると、驚いたようにその少女は振り返った。
「いや、驚かすつもりは無かったんだが、そんなに驚いたかい?」
「いえ、声を掛けられるなんて思って無かったものでして……」
「どうかしたんですか、主任」
「御曹司! いえね、迷い人らしいんですが」
「達也様!」
「……お知り合いですかい?」
「ええまぁ……」
迷い人と言われた少女は、第三高校一年、一色愛梨だった。
「それで、何の用だ?」
「此方に達也様が出入りしてるとの情報を入手しまして、丁度此方に来る予定があったので立ち寄ってみたのですの」
「予定? 何かあるのか?」
「御曹司、ちょっと」
達也を愛梨から離し、牛山は耳打ちをするように話し出す。
「一色の令嬢って、確か飛行デバイスを注文してたような気がするんですがね」
「そういえばそうですね……ですが、わざわざ第三課に来なくても良いんじゃないですか?」
「何でも研究所を見学したいと。本社にそれなりに渡したようですぜ」
「………」
達也の頭の中に、実の父親と再婚相手の顔が浮かんだ。面倒事は全て此方に押し付けるつもりなのだろうと、達也は内心ため息を吐きたくなったのだった。
「しょうがありませんね。牛山さんは先に行ってシルバーの事は伏せるように研究員に言っておいて下さい。愛梨は俺が連れて行きます」
「へい。それにしても御曹司も隅に置けないですな、あんな美人さんとお知り合いとは」
牛山の冷やかしを視線のみで撃退し、達也は愛梨に話しかける。
「見学したいのは分かったが、何故第三課なんだ? 本社にある第一課でも良かったんじゃ」
「達也様が第三課に出入りしてるからです」
「……まぁ良いが。ただし社外秘のものは見せられ無いからな」
「心得ております」
「なら良いが」
達也は警備員に事情を話し愛梨の通行書を発行してもらう。もちろん達也は顔パスだ。
「とりあえず案内しよう。研究施設だから面白いものは何も無いがな」
「いえ、九校戦以来CADのことも勉強したほうが良いと思い知らされましたので」
「愛梨は選手だろ? CADはエンジニアに任せるのが普通だしそれが一番だろ」
「ですが、達也様はご自身が出場したモノリス・コードでは達也様のも含め三人分のCADを調整してらしたのでしょ?」
「俺はういてるからな。俺のCADを調整したいなんて先輩は居なかったし」
本当は二科生である為に疎ましく思われていたのだが、その事をわざわざ愛梨に話す必要は達也には感じられなかったのだ。
「そもそも達也様以上に高度な調整が出来るエンジニアが一高に居るとは思えないのですが。もちろんウチを含め他の高校にも」
「それは言い過ぎじゃないか?」
愛梨は知らないが、整備師の世界でトップレベルの実力を持っている達也と一介の高校生を比べるのがそもそも間違っているのだ。だが達也はその事を言わないしその事を認めない。
「あれ、御曹司? 今日は一日研究室で最終調整では無かったんですか?」
「本社からお客様を案内するようにと言われましてね。それで案内してるんですよ」
「そうなんですか……天下の『シルバー様』を……ッ!?」
途中まで言いかけて、その社員は達也がとてつもなく鋭い視線を自分に向けている事に気がついた。どうやら彼は牛山から指示を聞いていなかったらしいのだ。
「し、失礼します!」
慌てて逃げ出した社員を視線だけで追いかけていた愛梨だったが、やがてその視線は達也に向けられた。
「あの……達也様?」
「何だ?」
「聞き間違えでは無ければ、あの人達也様の事を『シルバー様』だと……」
「………」
この場合は誰を責めれば良いのか、達也は悩んだ。徹底的に口裏を合わせなかった自分か、それとも口を滑らした社員か、はたまたこの可能性があったのを理解していたのに金に目がくらんだ父親とその再婚相手か……
兎に角誤魔化しようが無い状況には変わりないので、達也はため息を一つ吐いて視線を愛梨に固定した。
「他言無用で頼みたい」
「分かりました。誰にも言いません」
「そうか……さっきの社員が漏らしたように、確かに俺は世間で天才だと言われてる『トーラス・シルバー』の片割れだ」
「そうでしたの。だからあれほど高度なチューンナップが施せるのですね」
「バレたのなら、今更隠す必要も無いしな。研究所内を案内しよう」
時間稼ぎの為に別の場所を案内していた達也だったのだが、思わぬ展開になってしまったので、これ以上時間を稼ぐ必要も無いので第三課の心臓部を案内する事にした。
「スミマセン御曹司、俺がちゃんと口止めしとけば……」
「いえ、この責任は本部長に取ってもらいますから」
「本部長?」
「俺の親父だ」
首を傾げた愛梨に、達也は短く事実だけを告げた。
「それじゃあ御曹司が四葉だって事も……」
「おい馬鹿!」
研究員の一人が漏らした、シルバーよりも重大な秘密を、愛梨はしっかりと聞いてしまった。
「達也様が……四葉?」
「……愛梨、この事は聞かなかった事にしてくれないか?」
「ですが!」
「頼む……俺が出来る事なら何でもしよう」
達也が四葉だと知られるというのは、イコールで深雪が四葉だと知られる事なのだ。つまり深雪の自由も奪う事になるのだ。達也はそれだけは何としても避けたいと思って、愛梨に頭を下げる。
「何でもですか?」
「ああ、出来る範囲なら愛梨の望みをかなえよう」
自分が悪い訳では無いのだが、達也は研究員を責めるつもりは無かった。秘密がバレたのだと言ったからには、そちらの秘密もバレたと思っても不思議では無いと思えるからだ。
「では達也様」
「ああ」
「私と結婚してください」
「……スマン、もう一度言ってくれるか」
達也は別に聞き取れなかった訳では無い。愛梨の要求があまりにも突拍子も無かったので自分の聞き間違いかと疑ったのだ。
「ですから、私と結婚してください。もちろん今すぐは無理ですが」
「何故結婚なんだ? 付き合えじゃ駄目なのか?」
「十師族なら分かると思いますが、私たちは自分の意志で結婚出来るとは限らないのです」
「そうだな……」
真由美や克人もだが、深雪にも既にお見合いの話しは幾つも来ているのだ。
「ですから、達也様が私の婿となってくれれば、一色と四葉は親戚関係、家としては大喜びですし、私も見ず知らずの男と結婚するなんて苦痛を味わう事もなくなりますので」
「……当主様に聞いてみる」
達也は葉山に連絡を取り、今日の出来事を全て真夜に報告した。
『そっか……じゃあ本部長とその後妻は更迭しておくけど、たっくんはその一色の子と結婚するしかなくなっちゃったね……』
こうして、四葉家当主からの許しも出て、愛梨と達也は許婚となり、数年後に結婚する事になったのだった。
愛梨は結婚ENDで。次回は誰にしようかな……