劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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隠形だけなら風間の方が上なんですが……


達也の隠形

 水波の枕元に付き添っている深雪が、達也の緊張を鋭敏に感じ取って頭を上げる。

 

「達也様、何か?」

 

 

 今のところ水波の容態は落ち着いている。まだ意識が戻らないので予断を許さないが、達也の『再成』により一刻を争うという状態ではなくなっていた。達也は水波を病院へ送り届けるヘリを出迎える為に、パジャマを普段着に着替えてきたところだ。水波を寝かせているダイニングに戻った時には、焦りは滲ませていても特に緊張している様子はなかった。

 それがいきなり、敵を警戒する緊張感を身に纏う。達也が何を感じたのか、深雪には分からなかった。

 

「風間中佐が来ている」

 

「風間中佐がですか!? 全く分かりませんでした」

 

「俺にも分からなかった」

 

 

 恥じるように俯いた深雪に、達也は自分も同じだと慰めの言葉を掛ける。

 

「夕歌さんの魔法で炙り出されたようだ」

 

「夕歌さんもいらっしゃっているのですか?」

 

 

 達也が気づかなかったという事に深雪は納得出来なかった様子だが、それよりもこちらの方が気になったようだ。

 

「津久葉家の術者が人を寄せ付けない魔法を使ってくれている。母上の下知だろう」

 

「叔母様が……」

 

 

 達也の事を気遣っているような真夜の差配をどう受け止めれば良いのかに迷い、深雪は戸惑いを通り越して途方に暮れた顔をしている。

 

「俺は中佐に会ってくる。深雪、水波の事を頼んだ」

 

 

 しかし真夜の気持ちを、今ここであれこれ討論しても意味はない。憶測にしかならないというだけでなく、真相にたどり着いても使い道がない。深雪が無意味な迷路に足を踏み入れる前に、今やるべきことを思い出させて彼女の意思を引き戻し、達也は自分で言った通り、風間に会いに行くべく別荘の外に向かおうとした。

 

「達也様、お気をつけて」

 

「互いが互いを警戒している状況なら、そう易々と見つからないだろう」

 

 

 どんな状況だろうと、達也を見送る事を欠かさない深雪が、達也を心配そうに見送ると、達也は深雪を安心させる為に頭を撫でてから外に出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が目的の場所にたどり着いた時、風間と夕歌は問答の最中だった。彼の到着に気付いた津久葉家の術者を手振りで黙らせ、達也は風景に同化して風間と夕歌の口論に耳を傾けた。

 夕歌の相手をしていなければ、風間は達也の存在に気が付いただろうし、風間の相手をしていなければ、夕歌は達也の存在に気が付いただろう。

 互いに相手の事を「油断出来ない精神干渉系魔法の使い手」と意識している所為で、他への注意力が疎かになっているのだ。夕歌は兎も角『大天狗』の異名を取る風間にしてはお粗末な次第にも思われる。達也は知らない事だが、津久葉家の結界を一人で欺き続けた疲労が蓄積しているという面は確かにあった。

 

『軍機というのは、外国による民間人を標的とした攻撃を事前に察知していた事ですか?』

 

 

 夕歌によるこの指摘が、達也の心に波紋を呼んだ。風間が乗ってきたに違いない装甲車は、戦闘よりも情報収集を目的とした装備になっている。しかも積んでいるのは、かなり高額な機器だ。ストレートに考えれば、今日ここで貴重なデータが観測出来ると期待して出動していると推測される。夕歌の言う通り、国防軍はトゥマーン・ボンバによる奇襲を事前に察知していた……? 

 それは達也にとって、見過ごせない疑惑だった。

 

『形式で納得していただけるのですか?』

 

 

 したり顔で繰り出された風間の揚げ足取りに、夕歌が反論の言葉を失う。元々時間に余裕があるわけではない。これ以上の傍観は不要だと達也は判断した。

 

「そんなことより、トゥマーン・ボンバによる攻撃を、軍が予期していたかどうか知りたいのですが」

 

「達也……」

 

「達也さん……」

 

 

 隠形を解き、木立の陰から姿を見せた達也を、風間と夕歌が驚きの表情で迎えた。

 

「風間中佐、お答えください」

 

 

 達也は風間に敬礼をしなかった。普通の挨拶も省略した。友好的な挨拶の交換で、自らの舌鋒が鈍るのを嫌ったのだ。

 

「……津久葉さんにも申し上げたが、答えられない」

 

「つまり、肯定ということですか?」

 

「ノーコメントだ」

 

 

 達也は風間に視線を固定したまま、軽くため息を吐いた。

 

「風間中佐。自分は中佐に義理と恩義を感じています。ですから、こういう事は言いたくないのですが」

 

「……」

 

「あらかじめ警告をいただいていれば、新ソ連にみすみす奇襲を許しはしませんでした」

 

「……遠距離魔法による奇襲が、新ソ連によるものだというのは確かなのか?」

 

 

 風間がそこに関心を寄せるのは当然だが、達也が問題にしているのは別のポイントだった。

 

「根拠を応えれば、自分の疑問も解消していただけますか?」

 

 

 風間は先程の攻撃が新ソ連の戦略級魔法、十三使徒ベゾブラゾフのトゥマーン・ボンバによるものだと考えているが、確信には至っていない。達也は風間が遠距離魔法を使った奇襲が行われることを知っていたと確信している。

 

「……良いだろう」

 

 

 新ソ連による奇襲攻撃が行われたという根拠。言質を取られない事に拘っていても益は無いと、風間が考え直すには十分なネタだったが――

 

「達也さん、教えてあげる必要は無いと思うけど」

 

 

――達也が口を開く前に、夕歌が口を挿んで風間との交渉に待ったをかけたのだった。




風間が非常に居心地が悪そう

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