待ったをかけた夕歌に、達也は視線を向けて先を促した。
「この人たちは、達也さんがベゾブラゾフを仕留めても、ベゾブラゾフが達也さんたちを仕留めてもどっちでもいいと思ってたはずよ。そうじゃなきゃ、こんなところでこそこそしてなかっただろうし」
「風間中佐個人に、俺たちを助ける義務はありません。ただ、軍が放置していたのなら、それなりの対処をすればいいだけです。すべては、軍の情報を聞いてから判断しましょう」
風間に対して感情的になり、軍の情報を無視しようとした夕歌とは違い、達也は全てを聞いてから判断すると決めていた。
「それで、遠距離魔法攻撃が新ソ連からのものだという根拠は?」
「奇襲攻撃に使われた魔法はウラジオストク近郊の線路上から放たれました」
「線路上?」
「トゥマーン・ボンバと推測される魔法を放った術者に付随する情報を読み取った結果です」
「ベゾブラゾフを捕捉したの!?」
ふくれっ面をしていた夕歌が、思わず口を挿む。
「術者は倒しましたが、あれはベゾブラゾフではないでしょうね。二人とも女性でしたから」
「女性!?」
「二人……未公開の戦略級魔法師か」
夕歌は驚きの声を上げたが、風間はすぐに真相にたどり着いた。
「ベゾブラゾフが全く関与していないとは思いませんが、自分に見えた術者はその二人です。彼女たちは間違いなく、新ソ連の極東領土にいました」
「線路上という事は、新シベリア鉄道の軍用車両か」
国防軍にとって、これは大きな意味を持つ情報だった。トゥマーン・ボンバの発動には、一車両丸ごと占める大型CADを使うらしいというのは、以前から言われていた事だが、その説には裏付けがなかった。宗谷海峡でトゥマーン・ボンバらしき魔法が使われた時には、そのような列車の移動は観測されなかった所為で、国防軍は専用列車を使うという情報が誤りだったのか、それともあの時の魔法がトゥマーン・ボンバではない別の術式だったのか、頭を悩ませることになった。
しかし達也の証言により、トゥマーン・ボンバを使用する為の専用車両があるという点については事実であると判明した。達也は「トゥマーン・ボンバと推測される魔法」と表現したが、威力から言っても射程距離から言っても今の魔法がトゥマーン・ボンバであることは確実だ。そうでないなら、新ソ連はトゥマーン・ボンバとは別の、超長距離射程・高威力の魔法を持っている事になる。それがトゥマーン・ボンバであるにせよ違うにせよ、日本にとって脅威となる魔法が専用列車を使って放たれることが分かった。軍が持っている観測の為のリソースは有限だ。優先的な監視対象が明らかになれば、そのリソースを有効に配分出来る。
「中佐、今度は貴方の番だ」
しかし風間は、満足感に浸ってばかりではいられなかった。達也は独立魔装大隊の一員として、風間の部下として報告を上げたのではない。これは取引だった。
「国防軍は、今朝この場所に奇襲攻撃が行われることを知っていた。そうですね?」
「分かっていたわけではない。それに、日時までは予測出来なかった」
「つまりここが奇襲を受ける事は予測できた。それは何故ですか?」
風間は即答出来なかった。これは軍の情報収集能力に関する質問になる。達也は半分国防軍の身内とはいえ――いや、身内だからこそ、彼にそれを知る権限があるのかどうか、風間は咄嗟に迷ってしまったのだ。
「国防軍は――いえ、佐伯閣下は、ベゾブラゾフの動向に関する情報を入手した。そこから、自分を標的とした奇襲攻撃を予測したのではありませんか?」
達也は風間の回答を待たずに、事実を寸分違わず言い当てた。風間は何も答えない。彼が答えられなくなっているのを見て、達也は自分の推測が正しかったと知った。もし奇襲について警告を受けていたなら、水波が倒れるような事態にはならなかった。そもそも深雪と水波を別荘に来させなかった。達也一人なら、先ほどの攻撃をまともに喰らっていたとしてもダメージは残らなかった。
「負傷者がいますので、自分は別荘に戻ります」
達也はその恨み言を、呑み込んだ。風間に当たっても、何の意味も無いからだ。
「それでは中佐。夕歌さんも、失礼します」
「待って、達也さん。負傷者というのは……水波さん?」
呼び止める夕歌の言葉に、背を向けていた達也が振り返る。
「そうです。夕歌さんには水波がどのような状態か、お分かりのようですね」
水波に負傷と言うべき外傷は無い。だが魔法演算領域――精神の無意識領域に傷を負っている。その意味で達也は「負傷者」と表現し、夕歌はそれを理解した。
「すぐに病院に運ばないと! 家の者に手伝わせましょうか?」
夕歌が慌てて搬送の手伝いを申し出る。予測していたにも拘わらず、彼女は動揺を抑えられなかった。
「既に本家がヘリを手配してくれました。そろそろ到着する頃ですので……」
だから戻らなければならない、と達也がほのめかす。
「そ、そう? その……お大事に」
「ありがとうございます」
夕歌に軽く頭を下げ、達也は今度こそ二人に背を向けて歩き出した。その後姿を心配そうに夕歌が見送る横で、風間が黙ってその後姿を見送っていた。ついに最後まで、風間の口から「負傷者」を案じる言葉は出てこなかった。
夕歌の慌てようが凄い……