劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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良いように踊らされてるなぁ……


実験の日程

 奇襲攻撃について、日本政府が相手国不明のまま国際社会に抗議の意思を表明したのは、日本時間で午後二時の事だった。だが日本の伊豆半島が遠距離魔法の攻撃を受けた事実は、ほぼリアルタイムでUSNAの知るところとなった。

 USNAの偵察衛星は伊豆が攻撃を受けたのと同時刻、極東新ソ連領内に強力な魔法の反応を探知した。この二つを結び付けて考えない、お目出度すぎる、あるいは懐疑的過ぎる人間は、USNAの政府にも軍にもいなかった。そしてこの事実を、数時間遅れでリーナも知らされた。

 USNAニューメキシコ州にあるスターズ本部は、まだ六月八日土曜日である。その夕方、訓練終了後のミーティングに呼び出されたリーナと、スターズの幹部軍人は驚くべきニュースに触れた。日本の一地方、しかも離島や海上ではなく首都のすぐ近くが、現地時間未明に新ソ連の戦略級魔法による攻撃に曝されたという報せだ。

 

「なおこの攻撃のターゲットとなったのは、日本の新たに判明した戦略級魔法師、タツヤ・シバであったと考えられる」

 

「っ!?」

 

 

 ブリーフィングルームでこのニュースを伝えたのは、ウォーカー基地司令の、魔法師ではない男性副官だった。

 

「タツヤ・シバの状態は?」

 

 

 こう質問したのは、リーナではなかった。彼女はまだショックの真っ直中で、筋道立った質問が出来る状況にない。基地司令副官に達也の安否を尋ねたのはカノープスだった。

 

「詳細は不明ですが、健在である模様です」

 

 

 副官がウォーカーに顔を向け、ウォーカーが頷いたのを確認してから彼は答えた。その答えに対しての魔法師の反応は様々だった。

 リーナはホッとした様子を隠しきれていない。カノープスは達也による報復を警戒しているのか、厳しく唇を引き結んでいる。アークトゥルスが落胆をのぞかせているのは、暗殺任務が中止にならなかったからか。同じ任務を受けているベガは、対照的に不敵な笑みを浮かべていた。

 ここでウォーカー大佐が口を開く。

 

「我が国は本件に関して、基本的に不干渉のスタンスを取ると参謀本部より通達があった。諸君が対外的に発言する機会は無いと思われるが、心に留めておいてくれ。では、解散」

 

 

 ウォーカーの言葉に、USNAの頂点に立つ十三人の魔法師が一斉に敬礼で応えた。

 

「アークトゥルス大尉、君は残ってくれ」

 

 

 一人だけ呼び止められたアークトゥルスをちらりと見たが、リーナはあまり気にせずそのまま退出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナと他の十一人ばかりでなく副官まで退出して、ブリーフィングルームにはウォーカーとアークトゥルスの二人だけが残った。

 

「大尉、遮音フィールドを張ってくれ」

 

「ハッ」

 

 

 この部屋には強固な防諜システムが備わっているにも拘わらず、ウォーカーはアークトゥルスにそう命じ、アークトゥルスは訝し気な表情をのぞかせながらも、命じられた通り室内と室外の音を遮断する。

 

「遮音フィールド、展開完了」

 

 

 魔法的な資質がないウォーカーは、アークトゥルスの言葉が事実かどうか自分で確かめる事は出来ないが、頷いて本題に入った。

 

「大尉。例の実験の実施が決まった」

 

「マイクロブラックホール実験でありますか?」

 

 

 アークトゥルスは、自分で音を遮断する魔法を行使している最中でありながら、声を潜めた。

 

「そうだ。場所は前回と同じ、ダラス国立加速器研究所。日時は来週、六月十五日十一時。貴官はスターズでも随一の、ルーナ・マジックの使い手だ。仮にパラサイトが出現しても対処は可能だと考えているが、必要ならば第十一隊も出勤させるぞ?」

 

 

 アークトゥルスは強力な精神干渉系魔法の使い手ではあるが、彼はその種の魔法を用いた実戦の経験に乏しかった。その点、第十一隊の恒星級魔法師は三人ともルーナ・マジックを得意としており、精神干渉系魔法を得意とする古式魔法師を相手取る作戦にチームで出撃する事が多く、精神を蝕む攻撃への対応にも慣れている。

 

「いえ、小官だけで十分です」

 

 

 実戦経験の不足は、アークトゥルスも自覚している。とはいえ、彼にも自負がある。それに、この件に関わる人間はスターズ内部であっても必要最小限にすべきだという考えもあった。

 

「そうか、分かった」

 

 

 関与人数は少ない方が望ましいという点については、ウォーカーの判断も同じだ。これだけの会話で、実験の現場に投入するのはアークトゥルスの第三隊だけと決まった。

 

「研究所の外に第六隊を待機させておく。不審者を発見したら、すぐに知らせろ」

 

 

 第六隊の恒星級隊員はリゲル、ベラトリックス、アルニラムと三人ともオリオン座の星のコードを与えられており「オリオンチーム」と呼ばれている。これは偶然ではなく、第六隊は追跡が得意な魔法師を集めた狩人のチームだった。

 

「分かりました。リゲル大尉には……」

 

「心配するな。実験の事は伏せておく」

 

 

 ウォーカーの言葉に、アークトゥルスがホッとした表情を一瞬だけ見せた。今回の実験は日本の工作員をいぶりだすのが目的で、確実に捉える為他の隊の協力があった方が良い。だが必要以上に危ない橋を渡っていると自分でも思っているアークトゥルスは、出来れば他の隊の者に実験の事を知られたくなかったのである。

 それはウォーカーも同じだった。二人とも、結果として保身が動機では無かったが、結果的に共有すべき情報を隠匿してしまったのだった。




表情に出すとは、相変わらずのリーナクオリティ……

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