劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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焦るのは仕方ないにしても……


光宣の焦り

 日本政府は伊豆高原の別荘地帯が魔法で攻撃を受けたことを公表し、攻撃相手を特定しないまま厳しく非難した。同時に、魔法による攻撃に対抗する為には魔法戦力を充実する以外に無いと強調した。魔法師排斥は人道上の問題というだけでなく、外国勢力による魔法攻撃に対する自衛力を低下させ、国民の生命を危機に曝すものであると、間接的に反魔法主義運動を批判した。

 だが、この攻撃のターゲットもまた魔法師であることは伏せられ、厳重な緘口令が敷かれた。しかし完全な隠蔽は不可能だった。達也の所在を知っていた者は、彼と魔法攻撃をごく自然に結び付け、それを知らなくても、鋭敏な魔法的知覚力によって事実に辿り着いたものもいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 政府による奇襲攻撃の公表とこれに対する非難が行われた直後、響子は私的な電話を受けた。勤務中にも拘わらず私用電話が可能だったのは、彼女がいざという時に備えて司令部公認の下、九島家との間に設定していた仮想ホットラインからの呼び出しだったからだ。

 

『響子姉さん? 光宣です』

 

「光宣くん?」

 

『お仕事中にすみません』

 

「大丈夫よ。今は手が空いているから。それで、何か急用なの?」

 

 

 響子は内心の焦りを隠しながら問い掛けた。ただでさえ、この直通線が使われることは稀だ。光宣が掛けてきたのは初めてのことだった。傍若無人とは程遠い光宣が、軍務中と承知の上で電話してきたのである。何か緊急事態が生じたのか、と響子が身構えるのは当然だった。

 

『急用というわけではないんですが、どうしても教えてもらいたい事があって……今さっきの、政府の発表ですけど』

 

「ええ」

 

『遠距離魔法の攻撃を受けたのは、達也さんたちではありませんか?』

 

「何故それを……?」

 

『東の方で、衝突し合う強い魔法の波動を感じたんです。一方は達也さんたちの気配だったような気がして……』

 

 

 光宣の言葉に、響子は思わず絶句してしまう。光宣のセリフが本当ならば、達也のエレメンタル・サイトをある意味で超えている。もし光宣が本当にトゥマーン・ボンバの波動を感じ取ったとすれば、四百キロメートル近い距離を隔てて、魔法の発動を無作為に知覚した事になる。トゥマーン・ボンバのように強力な魔法だったからこそ、という面もあるに違いないが、受動的な感受性においては明らかに、光宣のエレメンタル・サイトは達也のそれを凌いでいる。響子にはそう思われた。

 

「(光宣くんは、エレメンタル・サイトに目覚めている……?) ……光宣くん、貴方、いつの間にそんな知覚力を……?」

 

『それで、達也さんたちは無事なんですか!? 深雪さんや、桜井さんは!?』

 

 

 光宣は響子の問いかけを聞いていなかった。彼の意識は達也たちの安否で――いや、水波の安否でいっぱいだと響子は感じていた。

 

「達也くんと深雪さんは無事よ。でも、桜井さんは……」

 

『桜井さんが、どうしたんです!?』

 

「……入院している。大隊の山中先生は、魔法の使い過ぎで精神にダメージを受けているのではないかって推測しているわ」

 

『推測って、独立魔装大隊は治療に当たらなかったんですか!? 現場にいたんでしょう!?』

 

 

 響子は光宣のセリフを聞いて、何も言えなくなってしまった。今朝の現場に独立魔装大隊が出勤していた事を知っているのは佐伯、風間、出勤した隊員と大隊の一部。そして達也、深雪、及び四葉家。政府にも、具体的な出勤メンバーは報告されていない。奇襲データを取ったのが独立魔装大隊であることを、光宣は知り得ないはずだったし、響子が知っている光宣には、確信を持って独立魔装大隊の作戦行動を言い当てたりなど出来なかったはずなのだ。

 まるで、禁断の知恵をもたらす悪魔が光宣に憑いているようだ……そんな迷信じみた妄想を懐いてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響子から今朝の仕儀を聞いても、光宣は特に怒りを懐かなかった。それよりも光宣は、水波の事が心配で堪らなかった。魔法の使い過ぎで精神にダメージを受けたという事は、魔法演算領域のオーバーヒートだろう。今はまだ治療法が確立していない魔法師固有の病だ。

 特に遺伝子調整を受けた魔法師が罹患しやすい。周公瑾から吸収した知恵によれば、光宣自身の不安定な体質も魔法演算領域の過負荷が原因になっている。

 光宣の場合は肉体が耐え得るレベルに魔法力を抑えるリミッターが上手く働いていないのだが、普通の魔法師でも戦闘に伴う魔法の使い過ぎで魔法演算領域の稼働水準が許容レベルを超えてしまうと、リミッターが壊れてしまう。それを修復する技術は、周公瑾の知識にも含まれていなかった。

 

「(『僕』には治せなくても、四葉家には可能かもしれない……)」

 

 

 それは推測というより願望だったが、居ても立ってもいられない焦燥を沈める為にはそうとでも思う以外に無かった。

 

「(お見舞いに行こう。直接会えば、僕の取り越し苦労だって分かるはずだ)」

 

 

 達也が自分の身内をむざむざ死なせるとは思えない。自分が焦るまでもなく、適切な治療が行われているはずだ。それを自分の目で確かめに行こう、光宣はそう考えた。明日は学校で、体調が安定している時に出席日数を稼いでおくべきなのだが、光宣はしばらく高校を欠席する事に決めた。いざとなれば、試験とレポートで代替出来る程、光宣の成績は優秀なのだ。




自分から人外になったと言っているようなものだろうが……

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