劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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弱ってるからか、何時もより素直に


水波の告白

 目覚めは、快適ではなかった。身体が重く、少し疲れが取れていないどころか、激しい倦怠感が全身を侵食している。瞼を開けた先には、目に優しいクリーム色の天井。横を向けば同じ色の壁、そして清潔な白い布団カバーとシーツ。左腕には点滴用の注射針が刺さっている。

 

「(ここは……病院? ……そうだ! 深雪様と達也さまは!?) うくっ……」

 

 

 水波は身体を起こそうとして、それすら出来ない程に衰弱していることを知った。身体に力を込めて、その力が実を結ばず声となって零れ落ちる。ベッドにあおむけの状態で息を整えている水波の耳に、ノックの音が届いた。

 

「……どうぞ」

 

「お邪魔するわね」

 

「(深雪様!?)」

 

 

 まだ意識には薄い霞が掛かっていたが、その声が誰のものだか分からないという事は無かった。水波は慌てて起き上がろうとするが、結果は同じだった。

 

「うくっ……」

 

「水波ちゃん!?」

 

 

 慌てて駆け寄ってくる足音。頭を横に向けた水波の視界に、心配の余り焦りを満面に浮かべた深雪の顔が映る。

 

「(綺麗……)」

 

「水波、無理をするな」

 

「た、達也さま……」

 

 

 トリップしかけた水波の意識が、達也の声によって現実に引き戻される。

 

「……お二人とも、ご無事でしたか」

 

「ああ。水波、お前の御蔭だ」

 

「――光栄です」

 

 

 水波の目が潤んでいるのは、護りきれたことに対する安堵感と、認められたことに対する感激、その両方の感情が高まったからだ。

 

「駄目よ、寝てないと」

 

「話したい事があるなら、そのままでいい」

 

 

 身動ぎをする水波を深雪が止め、達也にまで言われてしまったので、水波は無理に起き上がろうとするのを止めた。

 

「達也さま、深雪様、申し訳ございません」

 

「――何を謝る。お前の御蔭で助かったというのは嘘でも誇張でもない。本当の事だ」

 

「ですが私は、途中で力尽きてしまいました。護衛は、主を最後まで守り切れてこそ、務めを果たしたと言えますが、私は務めを果たせませんでした」

 

 

 声に力はなく、身体は目覚めた直後同様、起き上がることも出来ないが、水波の瞳に宿る光は、それが弱った心の言わせる泣き言ではなく、本心からのセリフだと物語っていた。

 

「水波。心身ともに疲れているお前と議論をするつもりはない。だが二つだけ、聞いてもらいたい事がある」

 

「……承ります」

 

 

 水波の返事を受けて、達也は枕元のスツールへ腰を下ろした。そうする事で目の位置の高低差を減らして、水波が受けるであろう見下ろされている印象を緩和する。

 

「水波、お前の使命感は立派なものだと思う。だが、お前の魔法がトゥマーン・ボンバの衝撃波を防いだのは紛れもない事実だ。その功績を自分から否定するのは止せ」

 

「……はい」

 

 

 水波は顔を動かさず言葉だけで頷いたが、心から納得しているようには見えなかった。

 

「これが一つ目。そして二つ目だ」

 

 

 達也の真剣な声。水波だけでなく、横で聞いている深雪も同時に息を呑んだ。

 

「俺は、深雪を護衛する仕事だけでお前を頼りにしているのではない」

 

「………」

 

 

 水波が横になったまま、達也を無言で見詰める。その眼差しは、自分に何をさせたいのかと尋ねている。自分の存在意義を、答えとして求めている。

 

「俺には、信頼出来る人間が少ない。レオやエリカや美月、幹比古、ほのか、雫。その他の同級生や婚約者は、信頼出来ても出来るだけ俺たちの事情に巻き込みたくないと思っている。四葉家は今でこそ味方だが、未だに俺の事を邪魔だと思っている人もいるだろう。文弥と亜夜子は、個人としては信頼しているが、二人には自分たちの仕事がある。いざという時、当てにできないかもしれない。師匠や風間中佐は、将来において敵になる可能性を否定出来ない」

 

 

 私は、と水波が視線で問う。

 

「水波。お前は俺が信じて頼れる、数少ない人間の一人だ。だから俺はお前に、護衛としてではなく深雪の付き人として、深雪の側についていてもらいたいと思っている」

 

「護衛ではなく、付き人……ですか?」

 

「俺の希望だ。強制は出来ない。だが、出来れば深雪の側についていて欲しい。護衛として死に急ぐのではなく、可能な限り長く。少なくとも、お前がいずれ、生涯を共にする相手を見つけるまで」

 

 

 蒼ざめていた水波の顔が薄らと赤みを帯びた。達也が自分の結婚のことまで考えてくれているなど、予想外過ぎたのだ。水波にとって、最後のセリフは酷い不意打ちだった。

 

「……水波ちゃん。私も貴女が隣にいてくれると嬉しい。だから、自分の事を粗末にするような考え方はしないで欲しいの。お願いだから、ゆっくり養生してね。それが健康を取り戻す為には、何より必要だと思うから」

 

「……分かりました。出来る限り早く治します。そうしたら、また深雪様のお側にお仕えしてもよろしいですか?」

 

「ええ、私の方からお願いするわ」

 

「達也さま」

 

「何だ?」

 

「あの……」

 

 

 水波が言いにくそうに視線を彷徨わせるのを見て、達也は黙ったまま水波を見詰める。こちらから急かすのではなく、水波の決心がつくまで待つという姿勢だ。

 

「……私を、達也さまの愛人の一人として認めてくださいませんでしょうか? そうすれば、深雪様のお側にずっといられますし、達也さまを手助けして差し上げる事が出来ます」

 

「……分かった。母上に確認してから、その返事はするとしよう。また明日も来る」

 

 

 背後で病室の扉が開き、医師と看護師が入ってきたのを察知し、達也は逃げるように立ち上がった。

 

「水波ちゃん、また明日」

 

「はい。達也さま、深雪様、お見舞い、ありがとうございました」

 

 

 達也に続いて立ち上がった深雪と、ベッドの上の水波が挨拶を交わす。達也たちは医師に場所を譲って、病室を後にした。




それが一番自然な形……かは兎も角として、深雪の側にはいやすいよな

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