劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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相変わらず忙しい高校生だな……


達也の今後

 達也は深雪と一緒に調布のマンションへ戻った。リビングに腰を落ち着けた達也に、改めて外出する気配はない。

 

「達也様……今日はこちらにお泊りですか?」

 

 

 達也の前にコーヒーカップを置きながら深雪が尋ねる。

 

「伊豆の別荘は引きはらおうと思う。都合が付けば明日にでも、向こうに置いてある物を取ってくるつもりだ」

 

「あの新居へお戻りになるのですか?」

 

 

 深雪が軽く目を見張る。本当ならこのマンションに一緒に住んで欲しいと思っているのだが、今達也が戻るとしたら向こうの新居の可能性が高いのだ。

 

「一日ごとにここと新居とで変えるつもりだ。水波がいない今、深雪のガーディアンは俺しかいないからな」

 

 

 達也の返事に、深雪の瞳は喜びに輝いた。もし水波が入院していなかったらこちらに来ることは無かったと思う反面、水波の体調が心配なのか、その喜びは何時も程では無かったが、達也にはしっかりと伝わっていた。

 

「分かりました。すぐにお部屋の準備を致します」

 

「わざわざ手を掛ける必要は無い。深雪も少しゆっくりしなさい」

 

 

 水波が倒れたことに、深雪は自分より大きなショックを受けているはずだと達也は考えている。不安を紛らわせるために、じっとしているよりも動いていたいのだろうという事も想像がつくが、身体を休めるのも大切な事だ。深雪は気が向かない様子だったが、それでも達也の言葉に従った。

 深雪が達也の向かい側のソファに浅く腰を掛け、少しの間深雪は落ち着かなげに目を泳がせていたが、やがて躊躇いがちに達也と目を合わせた。

 

「どうしたんだ? 何か聞きたい事でも?」

 

「達也様……水波ちゃんをどうなさるおつもりなのですか?」

 

「どうする、とは? 俺には水波の意思に反して何かを強制するつもりは無いが」

 

「も、申し訳ございません。そのような意味ではございませんでした!」

 

 

 達也が眉を顰めて問い返すと、深雪は慌てて両手を横に振った。

 

「そうか? ああ、もしかして、これから水波のどんな役割を期待しているのかを聞きたいのか?」

 

「はい……いえ、それもありますが……」

 

 

 深雪が言いにくそうに口籠る。それで漸く、深雪が何を聞きたいのか達也は理解した。

 

「……もう、水波に無理はさせられない」

 

 

 達也も、それをはっきりと口にするのは躊躇われた。何時もに比べて察しが悪るかったのは、その所為だったに違いない。

 

「それは……水波ちゃんを、ガーディアンの任務から外すべきだという意味ですね?」

 

「そうだ。魔法演算領域の損傷が治るまでは魔法を使わせられないし、そもそも治るのかどうかも分からない。あれは俺たち魔法師自身にとってもブラックボックスのようなものだ。構造も性質も、判明していない事が多すぎる」

 

「そうですね……一条家の御当主様は順調に良くなっているようですが、だからといって水波ちゃんも同じように回復するとは限りません……」

 

「同じ十師族の当主でも、十文字家の前当主は意図的な魔法演算領域の過負荷を多用した結果、魔法技能を失っている。治療について、楽観は出来ないだろう」

 

 

 達也と深雪、二人の顔が憂慮に暗く覆われる。

 

「……それに今回回復したとしても、また同じことが繰り返されないとも限らない」

 

「魔法を使い続ける限り、ですか?」

 

「そうだ。そして、次回は応急処置が間に合わないかもしれない」

 

「もう、水波ちゃんは、魔法師としては働けないという事でしょうか?」

 

「いや、普通の魔法師として活動を続ける事は出来るだろう」

 

「激しい戦闘には耐えられない……という事ですね?」

 

「その通りだよ、深雪。まず、撤退が許されないガーディアンの務めは無理だ。戦闘に加わるのも避けた方が良いだろう」

 

「水波ちゃんが、納得するでしょうか?」

 

「さっきも話したが、戦いだけが生きる道ではない。水波には、これから平和な人生を歩んでほしいと俺は思っている」

 

「達也様は……いえ、何でもありません。失礼しました」

 

 

 水波に平和な生き方を勧めようとする、達也本人はどうなのか。達也にも、平和に生きる権利があるのではないか。深雪はそう問おうとして、途中で止めた。それが現実的に、意味がない問いだと深雪にも分かっていた。それをつい口にしそうになって、その最中に思い止まったのである。

 達也が平穏な暮らしを望んでも、周りがそれを許さない。達也の方から使うつもりが無くても、戦略級魔法を使用出来るというだけで敵も味方も放っておかない。それは予測ではなく、明白な事実だ。

 

「そうか」

 

 

 達也自身も、当然それを分かっている。たぶん、深雪以上に深く理解している。深雪が聞きたかった事、言いたかった事を理解した上で、達也はそう応える以外に無かった。

 

「ところで達也様。水波ちゃんを達也様の愛人に迎え入れるというのは可能なのでしょうか?」

 

「前々から言っているが、俺はまだ結婚もしていない身だ。愛人も何も無いと思うんだがな……」

 

「ですけど、小野先生と安宿先生は達也様の愛人として、あの新居に出入りしていますよね?」

 

「滅多に顔を出さないがな。水波も、母上が許可すれば、同じような待遇にはなるだろう」

 

「ではさっそく――」

 

「まだ水波がガーディアンを諦めたわけではないから、その許可はまだいいだろう。今はとにかく休みなさい」

 

 

 気が逸っている深雪を落ち着かせる為に、達也は深雪の隣に移動し、彼女の髪を撫でる。それだけの事で深雪は幸せを感じ、とりあえず落ち着きを取り戻したのだった。




達也に言われれば素直に言う事を聞く深雪

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