実を言えば、深雪は今日学校を休むつもりだった。水波の事が気になって授業に集中する自信が無かったのだ。それよりも、水波の傍についていてやりたかった。
だが、自分がいても治療の手助けにはならない。それどころか長時間近くにいると、無意識に放出している想子波が水波の魔法演算領域を刺激して回復の妨げになる(かもしれない)と言われては、遠慮しないわけにはいかなかった。
彼女自身は、想子波をそこまで派手にまき散らかしているつもりは無い。誓約に魔法の制御力を喰われている状態だった先日までなら、そういう面が無かったとは言えない。しかし魔法制御力を取り戻した今ならば、他の魔法師を無闇に圧迫するような真似はしないはずだ。ただ自分の想子を完全に支配している達也に比べれば、自分はコントロールがまだまだ甘いと認めざるを得ない。深雪は自分が、達也程ではないにしても魔法師の平均を大きく上回る想子量の持ち主だと自覚しているので、水波の病状に悪影響を与える可能性を否定出来なかった。そういう事情で水波の看病を諦めて、深雪は一高に何時も通り登校して、教室についてすぐに、席に着いていたほのかと雫が心配そうな顔で寄ってきた。
「深雪、大丈夫だった!?」
「何が?」
恍けているのではなく、いきなり大丈夫かと聞かれても、深雪としては「何が」と問い返すしかない。たとえ心当たりがあったとしても、それが自分の思い違いだったとしたら、本来秘密にしておくべき情報を不用意にばら撒く事になってしまうからだ。ただ今回のケースについて言えば、その警戒は不要だった。
「昨日政府から発表されたアレって、達也さんの別荘がある所でしょう!? 深雪、泊りに行くって言ってたじゃない!」
やはりほのかも雫も、遠距離魔法の標的となったのが達也だと気付いていた。
「ええ……達也様と私は大丈夫だったけど、水波ちゃんが入院して治療を受けているわ」
そういいながら、深雪は自分の席に腰を下ろす。
「ええっ!?」
「……怪我?」
その横でほのかは立ち尽くし、雫は横向きに座りながら上半身を後ろに捻って尋ねた。雫の席は、深雪の席の一つ前なのだ。
「怪我じゃないんだけど……似たようなものかしら」
雫の質問に、深雪は答えを濁した。魔法演算領域のオーバーヒートは魔法師の間に限っても、まだ一般的な傷病とは言えない。それに心と体の違いはあっても「怪我のようなもの」である事には違いないから、嘘は言っていない。
「そう……悪いの?」
雫は容態をしつこく問い詰めるような真似はしなかったが、その軽重だけを尋ねた。
「何時頃退院出来るか、まだ分からないのよ……」
「そう……心配だね」
深雪が顔を曇らせると、ほのかと雫も気遣わしげな表情を浮かべた。
「お見舞いに行ってもいい?」
「感染症じゃないから、問題無いと思うけど。達也様に確認してもらうわね」
雫の申し出に、深雪は即答しなかった。水波を見舞ってくれるというのは深雪にとっても嬉しい事だったが、事情が事情だけに、諸手を挙げて歓迎というわけにはいかなかったのだ。
「達也さんに? お医者さんじゃなくて?」
「水波ちゃんが入院しているのは『ウチ』が関係している病院なの。だから、本家に確認するには達也様を通した方が確実なのよ」
「そうなんだ。そういえば達也さんは? 今日は来てないの?」
「達也様は、伊豆の別荘を引き払う為に今日はこちらにはいらしてないわよ」
「引き払うって?」
「敵に所在を知られている以上、隠れて生活する意味がなくなったからね。まだあまり人の多い所には顔は出さない方が良いとは仰られていたけど、近いうちにこちらに復帰なさるはずよ」
「それじゃあ、深雪の家で生活するの?」
少し不満げな表情で尋ねてくるほのかに、深雪は笑顔で首を左右に振った。
「私のマンションと新居、交互にお泊りになるそうよ」
「達也さん、やっと帰ってこれるんだね」
「まだ達也様の計画に対する邪魔が止まったわけではないから、何時また別荘に戻るか分からないけど、とりあえずはこちらに戻ってこられるのは間違いないわね」
「良かった……ほんとによかった」
今にも泣きそうなほのかの頭を、雫が優しく撫でる。
「これで水波が無事に退院出来たら、言う事ないね」
「そうね。水波ちゃんが無事日常生活に復帰出来て、達也様のプロジェクトが軌道に乗れば、もう邪魔をされることも無くなるでしょうね」
「……まだ何か気になることがあるの?」
「達也様を狙った遠距離魔法攻撃の術者は、まだ倒しきれていないらしいから、安心するのはまだ早いって達也様が……」
「そうなんだ……達也さんでも苦戦する相手なの?」
「完全に不意打ちだったからね。攻撃が来ると分かっていれば、達也様の相手ではないでしょうね」
魔法の撃ち合いで達也に勝てる相手などいないと信じている深雪は、そう断言しながらも何処か心配しているような雰囲気だった。
「それじゃあ、達也さんに確認が取れたら教えてね」
「分かったわ。ほのかも、そんなに泣かないの」
「う、うん……」
自分の机の横にしゃがみ込んでいたほのかに、深雪は安心させるように柔らかい笑みを浮かべたのだった。
泣きそうなほのかはちょっとかわいいかも