夏休みだろうと、生徒会や風紀委員はチョコチョコと仕事があるのだ。生徒会役員である深雪と、風紀委員の事務全てを任されている(押し付けられている?)達也も例外では無く、こうして登校しているのだ。
「委員長、今日の分の仕事終わりました」
「スマンな、こういった事は苦手でな」
「存じています。では見回りに行ってきます」
「期待してるぞ」
「そうそう面倒事なんて起こりませんよ」
達也のため息混じりの言葉に、摩利は楽しそうに笑った。
「君は事件に好かれてるからな、もしかしたら面白い事件でも起こるかもしれないだろ」
「……勘弁してもらいたいですよ」
摩利の発言に、達也は呆れてるのを隠そうともしない態度で返事をし、そもまま見回りに向かった。
「さて、あたしも見回りにでも行くかな」
「あれ? 達也君は居ないの?」
「残念だったな真由美、たった今見回りに出たところだ」
「事務仕事押し付けてばっかで、偶には自分でしたら如何なの?」
「……適材適所という事にしておいてくれ」
からかおうとした悪友に、痛いところを突かれ、摩利はゆっくりと視線を真由美から逸らしたのだった。
風紀委員本部でそんなやり取りが繰り広げられてるなど一切知らずに、達也は見回りを始めていた。風紀委員に成り立ての時は色々な視線を向けられてた達也だが、今ではすっかり風紀委員として認められている。
「達也さん、見回り?」
「ああ、エイミィは休憩中か?」
「うん。でも達也さんがこっちに来るの珍しいね」
「夏休み中は部活連と交互に見回りをする事になってるんだ」
「そうなんだ~」
狩猟部のエイミィと軽く話し、達也は更に奥へと進んでいく。
「ちょっと離して!」
「別に良いだろ。少しだけなんだから!」
如何やら摩利の予感が的中したようで、達也の向かう先から言い争う男女の声が聞こえてきた。そして女子の方は聞き覚えがある声だった。
「エリカ」
「あっ、達也君」
「何かあったのか?」
「この人がしつこいのよ」
エリカと揉めていた男子は一科生の先輩のようで、達也はその間に割り込むように移動した。
「風紀委員の司波です。何があったんですか?」
「……何でもない。また誘うから」
達也の実力を知っている先輩は、エリカにそう言い残し去っていった。
「誘う? 何かに誘われてたのか?」
「大した事じゃ無いわよ。今度一緒に出かけないかって言われてただけ」
「邪魔したか?」
「ううん、何度も断ってるのにしつこく誘ってくるから、そろそろストーカーとして風紀委員に突き出してやろうかと思ってたのよ」
如何やらあの先輩はエリカの本性を知らないらしいと、達也は勝手に思った。
「ところで、達也君は何でこんな所に?」
「見回りだ。十文字会頭と渡辺委員長の取り決めで、一日おきに見回りをする事になったんだ」
「そうなんだ。でも良かった。達也君に助けてもらっちゃったし」
「エリカは部活か?」
「うん。あっ、時間あるなら達也君も打ってく?」
「そうだな……デスクワークで固まった身体をほぐすには丁度いいかもしれん」
「決まり! じゃあ行きましょ!」
エリカに腕を掴まれて、達也はそのままテニスコートに連れて行かれた。もちろん気配を探る事で問題があればすぐに現場に急行できるからこそ、エリカの申し出を受けたのだが。
「あれ、千葉さんその人」
「風紀委員でクラスメイトの司波達也君です。さっき助けてもらったお礼にちょっと相手してあげようと思いまして」
「どうも」
今更ながらに、女子テニス部に自分が交じっても良かったのかと後悔した達也だったが、周りの部員たちはむしろ歓迎ムードだった。
「それじゃ始めるわよ」
「ちょっと待てエリカ、俺はラケットもシューズも無いんだが……」
「ラケットは借りれるでしょ。それに達也君ならその靴のままでも大丈夫よ」
「……どんな根拠があるんだよ」
愚痴を言ったところで、女子のサイズのシューズでは履けないので、達也はラケットだけを借りて構える。
「行くわよ……これなら達也君に勝てる!」
エリカのサーブは、女子としては速い方で、周りの部員たちは目を見開いて驚いていた。
「ちょっと千葉さん! ……え?」
「嘘……」
エリカ渾身のサーブは、達也にあっさりと返されリターンエースを決められたのだった。
「こんなものか……さて、次」
「達也君、ホントに初心者?」
「今初めて打ったんだが?」
八雲に鍛えられている達也としては、女子のサーブくらいは目を瞑っても返せるだけの技術が備わっているのだ。初めてテニスをしたからといって負けるはずが無い。
「降参、やっぱり勝てないな」
「何だよ、もう終わりか?」
「普通にラリーしましょ」
その後は特に盛り上がることなく、普通にラリーをして身体を動かしたのだった。
「じゃあ俺はこれで、見回りの続きもあるしな」
「了解。それじゃあね」
エリカと別れ、達也は風紀委員本部へと戻る。見回りは気配を探る事で既に済ませているのだ。
報告を終えて、達也は深雪を待つ為に正門でお気に入りの書籍サイトを開いていた。だがそのサイトに目を通す暇無く、再び聞きなれた声が聞こえてきた。
「いい加減にしなさいよね!」
「別に良いだろ! 誰とも付き合ってないんだからさ!」
如何やらあの先輩はエリカの本性を知っていても誘ってるのかと、達也が考えを改めたと同時に、エリカの目が自分に向いている事に気がついた。
「あっ、達也君!」
「またお前か……」
「あまりしつこいと風紀委員として告発せざる得なくなるのですが」
「五月蝿い! これは男女の問題だ! 風紀委員には関係無いだろ!」
達也が如何したものかと考えていたら、エリカが動いた。
「悪いけど、この人がアタシの彼氏だから」
「何ッ!」
「おいエリカ……」
「ゴメン達也君、合わせて」
小声でお願いされた達也は、仕方なくエリカに合わせる事にした。
「おいおい、何でバラすんだよ」
「しょうがないでしょ。この人がしつこいんだから」
「な、なら証拠を見せてみろ!」
「「証拠?」」
そもそも付き合ってないのだから、証拠を見せろと言われても困るのだ。だがエリカは何だか顔を赤らめている。
「エリカ?」
「いいわよ! 見せてやろうじゃないの!」
「おい?」
「達也君、しゃがんで!」
何を言っても聞きそうにないエリカに呆れ、達也は言われた通りしゃがんだ。すると達也の唇にエリカの唇が重なってきた。
「……これが証拠よ!」
「み、認めん! 千葉さんに相応しいのはこの俺だからな!」
捨て台詞を残し、ストーカー紛いの先輩は去っていった。
「おいエリカ……如何するんだこれ」
「この際ホントに付き合っちゃおうよ」
「あのな……」
冗談は止せとは続けられなかった。エリカの目が本気で潤んでおり、何時ものふざけた雰囲気とは違う乙女な雰囲気を醸し出していたからだ。
「深雪には言えないな……」
「じゃあ!」
「あの先輩の事もあるし、エリカの気持ちも分かったからな」
「やった! あのストーカーも意外と使えたわね」
「おいおい……」
もちろん深雪にはすぐバレるのだが、二人はもう一度恋人として唇を重ねたのだった。
IFとはいえ、エリカも達也につけちゃいました。