劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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頑張ったところで水波は達也に夢中なんですがね……


光宣の目的

 予告通り、夜になって深雪を伴いお見舞いに訪れた達也は、水波の口から光宣が何をしに来たのかを聞いた。

 

「治療法を見つけ出す、と光宣は言ったのか?」

 

「はい、達也さま」

 

 

 やはり、単なるお見舞いではなかったようだ。水波の答えを聞いて、達也は小さく頷いた。手を握られたとか手の甲をさすられたとか聞いた時には不埒な意図を疑いもしたが、光宣の真意は水波の治療にあると、達也は一応納得した。

 

「達也様、光宣君にそのような知識があるのでしょうか?」

 

 

 一緒に水波の話を聞いていた深雪が、もっともな疑問を呈する。魔法演算領域の治療は四葉家が長年取り組んできて、まだゴールが見えない難問なのだ。

 

「無いとは言い切れない。去年の論文コンペでも分かるように、『精神』に関する光宣の見識は高校生のレベルをはるかに超えている。また古式魔法の要素を取り組んだ旧第九研の魔法には、精神干渉系の術式も多く含まれている。光宣が旧第九研の研究成果から魔法演算領域の治療に関する手掛かりを掴んでいるというのは、あり得ない話ではない」

 

「しかし、魔法演算領域それ自体の研究は旧第四研の時代から、四葉の研究者にとって一貫したテーマでした。それでもまだ、治療法が見つかっていません。それに光宣君自身も魔法演算領域と肉体のアンバランスを抱えています。そのような知識があるなら、真っ先に自分の治療に着手するのではないでしょうか?」

 

「自分が似たような悩みを抱えているから、特に詳しくなっているとも考えられる」

 

 

 深雪の否定的な推測に反論していた達也だったが、ここで「いや……」と言いながら一度、小さく首を横に振った。

 

「ここで光宣の能力についてあれこれ議論していても意味はない。水波の治療法を探してくれるというんだ。今は光宣の好意を、好意として受け取っておこう」

 

「……そうですね。詮無い事を申しました」

 

 

 達也は深雪に頷いて、水波へ視線を戻した。

 

「水波の治療については、ここの医師も努力してくれている。本家の方でも研究のピッチを上げているそうだし、俺も手をこまねているつもりは無い。安心して、吉報を待ってくれ」

 

「はい。あの、達也さま……」

 

 

 達也は水波を安心させるつもりで言ったのだが、水波から不安げな声を返され「逆効果だったか」と軽い後悔を懐いた。

 もちろんそれを表に出す事はしない。落ち着いた声と表情で、水波に続きを促した。

 

「何だ?」

 

「機会がございましたら、光宣さまに無理をしないよう、お伝えいただけませんか」

 

 

 達也は心の中で「おやっ?」と呟いた。水波が不安を覚えていたのは、治療の成否ではなく光宣本人についてだったようだ。

 

「光宣に何か感じたのか?」

 

「はい。……凄く、張り詰めていらっしゃるように思われました。私の事を気に掛けてくださるというだけでなく、何か他にも、もっと深刻な悩みを隠していらっしゃる……そんなご様子でした」

 

「光宣の体調は悪くなかったのだろう?」

 

「はい。お身体の方は、特に無理をしていらっしゃるようには見えませんでした」

 

「……気になりますね、達也様」

 

 

 水波の不安が伝染したのか、深雪が心配そうな表情で達也の顔を見上げる。

 

「光宣は聡明な男だ。無茶はしないと思うが……」

 

 

 そういいながら、達也には十分な確信が無かった。彼も光宣の人柄を熟知しているわけではない。それでも、去年の秋に出会った光宣ならば、馬鹿な真似をしないと言い切れる。だが今日の光宣の振る舞いは、あの時の光宣のイメージと合致しない。達也は漠然とそう感じていた。

 

「ところで達也さま」

 

「何だ?」

 

「光宣さまはどうやって私がここに入院している事を知ったのでしょうか?」

 

「恐らくは響子さんが喋ったのだろう。軍事機密とはいえ、絶対に隠さなければならないという事でもないし、あの人は光宣に甘いからな」

 

「では光宣さまは、どうやって襲撃されたのが達也さまだと知ったのでしょうか? 政府の発表はそこまで詳しい感じでは無かったのですよね?」

 

「達也様が伊豆にいらっしゃることを知っている人なら、あの攻撃の標的が達也様だったと推測するのは難しくないのよ。現に今日、ほのかと雫も心配してくれたし。そうだ、達也様」

 

「どうした?」

 

「ほのかと雫が水波ちゃんのお見舞いに来たいと言ってくれたのですが、達也様の方から叔母様にお許しをいただけないでしょうか?」

 

「それは構わないが、深雪から伺うのでは駄目なのか?」

 

 

 達也が疑問に思ったのはそこだった。別に自分が真夜に尋ねなくても、深雪が尋ねれば同じ事だ。一々自分を介さなくても、深雪は真夜と会話する事が出来るはずなのだから、そう思っても仕方がないだろう。

 

「その方が、ほのかや雫、そして叔母様が喜ぶからですよ」

 

「……了解した。後で母上に電話をする予定だから、その時についでに聞いてみよう」

 

「叔母様にお電話する用事があるのですか?」

 

「水波の件だ」

 

「私…ですか……?」

 

 

 自分が何かしたかと不安になった水波だったが、達也が優しい笑みを浮かべて首を横に振ったので、とりあえずは落ち着いたが、それなら何の用事かと気になってしまうのは仕方がないだろう。

 

「水波を愛人として抱えられないか、母上に聞いてみようと思う」

 

「で、では……」

 

「俺としては、水波には別の男と幸せになってもらいたいと思うが、水波が俺を選んでくれたなら、それに応えるべきだと思う」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 水波だけでなく、どことなく達也も恥ずかしそうな雰囲気何を感じ取り、深雪の機嫌がみるみる悪くなり、それを目敏く察知した達也が深雪の気を宥めたのだった。




少しは深雪も我慢しようぜ……

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