劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この手段も悪手でしかない


最終手段

 達也が一高に復学したのは、ディオーネー計画に関わる騒動が落ち着いたからではない。先週達也が対抗策を打ち出したことにより、騒ぎはむしろ過熱している。一高の周辺にマスコミの姿が見えないのは、拳銃による殺人未遂事件が影響しているのだろう。「トーラス・シルバー」の正体は既に明らかとなったので、もう命懸けで取材する必要は無いという事かもしれない。

 今や騒動は、達也の周辺を離れて世界規模に広がった感がある。四大大陸の内、新ソビエト連邦がUSNAのディオーネー計画を支持する一方、インド・ペルシア連邦は政府の公式声明は無いものの達也のESCAPES計画を事実上支持する姿勢を示している。大亜連合は未だ態度を明らかにせず。

 四大大陸以外の国々も、ヨーロッパはおおむねディオーネー計画支持、西アジアから東南アジア掛けてはESCAPES計画支持、ブラジルとオーストラリアは大亜連合同様旗幟を明らかにしていない。

 両陣営が表立って争う姿勢を見せていないのが、事態をややこしくしていた。ディオーネー計画もESCAPES計画も、魔法の平和利用という点では一致している。そしてどちらも、建前上は相手を排除していない。公開された資料で判断する限り、ディオーネー計画を実施したからといってESCAPES計画が推進出来なくなるというものではないし、その逆も言える。ただ同じ魔法師が、両方の計画に同時に参加する事は出来ないというだけなのだ。

 二つの計画が両立されるものだと認知されることによって、達也とクラークの間で繰り広げられた宣伝戦は、達也の優勢で進んでいる。これは達也の頭脳がクラークに優っているというより「後出し」の有利によるものだが、この闘いは審判がいる競技ではない。後出しだろうがイカサマだろうが勝利にのみ価値がある。

 理屈の戦いで後れを取ったエドワード・クラークは、権力という搦め手に頼った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国防陸軍第一○一旅団の総責任者である佐伯広海少将は防衛省の庁舎ビルを訪れていた。統合軍令部もここに置かれているが、今日出頭を命じられているのは背広組が勤務するセクションである。

 昼過ぎに基地へ帰ってきた佐伯は、指令室に戻るなり風間を呼び出した。

 

「……達也を、いえ、司波達也氏を――」

 

「わざわざ言い直す必要はありませんよ、中佐」

 

「……失礼しました。ディオーネー計画に参加するように達也を説得せよと命じられたのですか」

 

「外務省の課長には、私に命令する権限はありません」

 

 

 防衛省の会議室で佐伯を待っていたのは、外務省北米局の課長だった。佐伯が言う通り、外務省には国防軍に対して命令する権限は無い。会議室で告げられた言葉も、依頼の形を取っていたが、防衛省の諸機関も同席していたあの場の発言は事実上の強制、つまり命令に他ならなかった。

 

「閣下にその依頼が回ってきたのは、達也が『大黒竜也特尉』だからですか?」

 

「そのようです」

 

 

 仏頂面をした佐伯の前で、風間は隠しようもないため息を漏らした。

 

「背広組はどうやら、達也に与えられた『特務士官』の性質をよく知らないようですね」

 

「大黒特尉の地位はある意味で超法規的なものです。事務職が知らなくても無理はない」

 

「法制を所管する事務職だからこそ、知っていて然るべきだと思いますが」

 

「中佐の指摘はもっともですが、今問題にすべき点は別にあります」

 

「失礼しました。問題は達也を説得できるかどうか、説得すべきかどうかという点でしょうか」

 

 

 話を逸らしてしまった事を謝罪し、風間は二つの問題点を列挙した。

 

「そうです」

 

「まずこの件の出発点として、達也がマテリアル・バーストの術者だという事を防衛省と外務省は認識しているのですか?」

 

「今日の感じからすると、伝わっていないようですね」

 

「なるほど。であれば、このような頓珍漢な指示が出てくることにも納得が出来ます。いっそのこと、達也を十四人目の『使徒』として認定してはどうですか?」

 

「……悪くない考えですね」

 

「閣下?」

 

「これ以上状況が悪化するようなら、検討すべきなのかもしれません。彼が戦略級魔法師だと明らかになれば、官僚もUSNAに引き渡せなどとは言わなくなるでしょう。とりあえずこの件は一先ず置いておくとして、風間中佐、司波君を説得出来ると思いますか?」

 

「不可能でしょう。このところ、達也と我々の関係は良好とは言えません。これは小官自身の失態ですが、先日の隠し撮りの件でも大きな不審感を与えてしまいました」

 

「我々が説得に動いても成功の見込みは無く、むしろ彼との関係を悪化させる結果にしかならないという事ですか。では外務省からの要請を断る事で、司波君の歓心を買う事が出来ると思いますか?」

 

「それは……どうでしょう。我々がどう動こうと、達也がディオーネー計画に参加する事はありません。それ程ありがたいとも思わないでしょう。何もしない事が、この場合ベストの選択肢ではないでしょうか」

 

「なるほど……貴官の意見を採用しましょう」

 

「それは、何もしないという事ですか?」

 

「そうです。外務省の要請は正規の手続きを経ていない、非公式の物でした。放置しても問題ありません。中佐、ご苦労様でした」

 

「ハッ。失礼します」

 

 

 一応達也に教えておくか、と風間は頭の中で考えてすぐ却下した。それより、十四人目の『使徒』として認定するなどいう話が現実的になった際には、達也の意向をしっかり確認しなければならないだろう。

 既に達也はトーラス・シルバーとして、世界的に望まぬ知名度を得てしまっているので、以前ほど表に出る事を忌避していないかもしれないが、戦略級魔法師として公認されることを達也が望んでいるかと聞かれたならば、風間ははっきり「No」と答える。ここで対応を間違えて、彼の気分を害するのは得策ではない――と、こんなことを考える程度には、達也との関係が疎遠になっていることを、風間は気に掛けていた。




本気で消されたいのだろうか……

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