劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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美月の癇癪

 達也とエドワード・クラークの間で右往左往しているのは、外務省だけでは無かった。産業省は、大臣を務める与党重鎮の事務所から加えられている圧力に苦悩していた。かつては通商産業省と呼ばれていたように、貿易は産業省の重要な所轄分野だ。USNAはこの時代でも最も重要な貿易相手国であり、産業相の官僚としては通商摩擦の芽を出来る限り小さな内に摘み取っておきたいところだ。彼らとしては一民間人の去就でUSNAと揉めるなど冗談ではなく、達也にはさっさとアメリカに行ってほしいというのが本音だった。

 ところが今朝になって、大臣の事務所から「魔法恒星炉エネルギープラント計画」を実行するにあたって必要な立法措置について問い合わせがあった。これはつまり、USNAのディオーネー計画には参加しない方向で具体的な検討をしろという事だ。そもそもディオーネー計画も魔法恒星炉プラント計画も政府が決めた公式事業ではないので、日本として参加するしないもない。最も協力的と見られる新ソ連も、協力を表明しているのは政府ではなくアカデミーだ。ここで日本政府が何もしなくても、表立ってUSNAから難癖をつけられる段階ではない。

 プラント計画の方は国内で行われる事業なので、その法的側面について検討するのは産業省本来の役割とも言える。しかしそれを大臣の事務所からわざわざ照会してきたのは、どう考えても「支持しろ」という圧力だ。

 何故そんな事になったのか、産業省は調査済みだった。大臣の事務所に陳情があったのだ。それも、与党の大きな資金源となっている大企業グループ複数から。

 オール経済界というわけではないから、USNAの機嫌を損ねる可能性が高いプラント計画に反対している財界人も少なくは無いと見られる。だが産業省の実感としては、単なる一高校生が口にしたプロジェクトが経済界を二分する勢いになっている。

 一体全体、何処でそんなコネを掴んだのか、いつの間に海千山千の大物経営者たちをたらし込んだのか、仕事に追われながら産業省の職員は盛大に首を捻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わるまで、達也は教室の席から動かなかった。三年生になれば魔法に関する専門的な課程が増える。だが、一般教養科目がゼロになるわけではない。達也は欠席中未履修だった一般科目を三倍速で集中的に受講していたのである。残念ながら半日で終わる量ではなかったが、彼も今日一日で後れを全て取り戻せるとは思っていない。昼休みになったので、食事に行こうと立ち上がったのだった。

 

「達也さん、お食事――」

 

「司波君」

 

 

 隣の席の美月が「お食事ですか」と問い掛ける声に、少年の声が被さる。声の主は十三束だった。

 

「美月、先に食堂へ行っていてくれ」

 

 

 美月にそう答えてから、達也は十三束へ振り向いた。

 

「十三束、何か用か?」

 

「……少し、話したい事があるんだ」

 

「それは時間がかかる話か?」

 

「たぶん」

 

「放課後では駄目なのか?」

 

「出来れば、すぐに」

 

「だが、時間がかかる話なんだろう?」

 

「それは……そうだけど」

 

 

 十三束が口籠る。周りのクラスメイト達の反応は、十三束に同情的なグループと、達也に同情的なグループに分かれていた。

 

「話くらい聞いてやればいいだろ」

 

 

 その中の一人、十三束と親しくしている男子生徒が、達也に向かってヤジを飛ばす。そのヤジに反応したのは、達也ではなく美月だった。

 

「そんな言い方……! 達也さんは話を聞かないなんて言って無いじゃないですか!」

 

 

 普段温厚で引っ込み思案な美月が食って掛かってきた事に、ヤジを飛ばした男子生徒がたじろいだが、達也の「止せ、美月」という制止によってそれ以上の場外乱闘には発展しなかった。

 

「美月。悪いが、今日の昼休みは十三束の話を聞く事にする。皆にもそう言っておいてくれないか」

 

「……分かりました」

 

「悪いな」

 

 

 美月が不服な表情をのぞかせているのを見て、達也は美月に謝罪する。この謝罪に、美月ではなく十三束が居心地の悪さを感じた。

 

「いえ……では、失礼します」

 

 

 達也に一礼して、十三束には目もくれずに教室から美月が出ていった。まさか美月があそこまで自分に敵意を向けてくるとは思っていなかった十三束は、自分の思い通りに事が進んでいるにも拘らず、何をして良いのか分からなくなってしまっていた。

 

「十三束、何処で話をする?」

 

「えっと、じゃあ屋上で」

 

 

 達也が軽く眉を上げたのは、屋上では他の生徒にも聞かれることになる可能性があるのではないかと考えたからである。

 

「分かった」

 

 

 だが十三束がそれでいいなら、達也が気にする事ではない。彼は他人に聞かれようが気にする事ではないのだから。

 

「それじゃあ行こうか」

 

「ああ」

 

 

 達也と十三束が屋上へと向かう為に教室の外へ移動しようとすると、それまで二人を囲っていたクラスメイトたちが一斉に道を空ける。別に二人に強要されたわけでもなければ、達也の威圧感に気圧されたわけでもなく、単純に道を空けなければいけないような錯覚に陥ったのだった。

 

「ありがとう」

 

 

 十三束はクラスメイトたちにそういってから教室を去ったが、達也は目礼をするだけだった。彼としては囲まれていようが教室から抜け出すのは難しくないので、お礼を言う程の事では無かったのだが、クラスメイトたち全員ががそれを理解出来るほど、達也の身体能力を知っている人間は多くないのだった。




美月が怒ったらたじろぐかもしれないな……

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