劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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思考の違いでおさまらないかもですが……


思考の違い

 達也の予想に反して、屋上は無人だった。東京は先週梅雨入りして、今日もどんよりとした曇り空、今にも雨が降り出しそうな空模様だ。屋上でお昼を過ごそうと考える生徒がいなくても、当たり前かもしれない。

 屋上にはベンチも置いてあるが、達也も十三束も座ろうとはしない。立ったまま向かい合う二人。口火を切ったのは達也だった。

 

「それで、俺に話しというのは何だ」

 

「……先日、母が倒れたんだ」

 

「魔法協会の十三束翡翠会長が入院されたそうだな。深雪から聞いている。災難だったな。だがその件は魔法協会会長と外務省の間の問題だ。俺に苦情を言われても困る」

 

 

 他人事のように評する達也に、十三束がムッとした表情を浮かべた。達也には十三束の表情が見えていたが、彼はその心情をまるで斟酌しなかった。

 

「そんな言い方はないだろう!」

 

「年下の女の子に喧嘩を吹っ掛けておいて、『そんな言い方』も無いものだ」

 

 

 達也の薄情な物言いに、十三束の声が怒気に染まったが、達也の皮肉と言うには辛辣すぎる物言いに、十三束は思わず怯んだ。十三束はここにいたり初めて、達也の瞳に冷たい怒りが宿っているのに気が付いた。

 

「それで十三束。お前の用事というのは、魔法協会会長の心労を取り除くため、俺に生贄になれという事か?」

 

「生贄なんて言っていない!」

 

「だが俺をUSNAに追いやりたいんだろう?」

 

「追いやるなんて……僕は……あの計画が、本当に魔法師のためになると思って……」

 

 

 達也の声に込められていた毒は、十三束の予想をはるかに超えていた。

 

「十三束。お前はディオーネー計画の真の目的を理解していないのか?」

 

 

 今度は微かな苛立ちが達也の声に篭る。あえてそう聞かせている事を知らない十三束は、達也の非情な態度に対する怒りを忘れてオロオロし始めていた。

 

「真の目的って……?」

 

「ディオーネー計画の真の目的は、魔法師を地球から追い出して木星圏、小惑星帯、金星圏に縛り付ける事にある」

 

「……何だって?」

 

「衛星軌道上にも魔法師を配置する事になるが、このポジションにはUSNAや新ソ連、イギリスの魔法師が当てられる事になるだろう。仮に俺がディオーネー計画に参加したとすれば、木星の衛星軌道に飛ばされて十年以上戻ってこられないだろうな。一生、島流しという事もあり得る」

 

「まさか、いくら何でもそんな……それって、司波君の考え過ぎじゃないの……?」

 

「俺の言う事を鵜呑みにしろなどというつもりは無い。公表されている資料を、自分自身でもう一度読み直せ。話の続きはそれからだ」

 

 

 達也はそういって十三束に背を向けた。背中から彼を呼び止める声はかからなかった。仮に十三束が自分でディオーネー計画を有益なプロジェクトだと判断して、再度達也に迫ってきても、達也には彼の説得に応じるつもりはない。

 ディオーネー計画には参加しない。深雪や他の婚約者たちを地球に残して、宇宙へ行ったりしない。彼女たちを置いて、何処にも行かない。それは誰にも変える事の出来ない判断だ。

 達也が今やったことは、要するに時間稼ぎだ。だが十三束に、ディオーネー計画に潜む悪意に自分で気付いてほしいと思ったのも嘘では無かった。

 達也の背中を呆然と見送った十三束は、彼の姿が見えなくなっても暫くそのまま固まっていた。

 

「……何だよ、それ」

 

 

 十三束がぽつりとそう呟いたのは、堕ちてきた雨粒の感触で我に返った結果だった。

 

「真の目的? 宇宙に島流し? はっ、まるきり陰謀論じゃないか」

 

 

 嘲るように、吐き捨てる。しかしどんなに否定しようとしても、達也の言葉が心に突き刺さったまま抜けてくれない。

 雨はすぐに、本降りになった。十三束は雨に濡れるのを気にせず、もしかしたら気が付きもせず、ただただ屋上に立ち尽くしている。

 

「僕はそんな事、聞いていない。そんな事は、誰も言わなかった」

 

 

 正確に言えば、彼の周りでは誰も言わなかった。彼が視聴した番組では、そんな意見が出なかった。それだけのことだ。

 どれ程情報化が進展しても、一人の人間が触れ得るデータには限界がある。結局、拠り所となるのは自分自身の思考だ。

 

「真の目的だって? そんなの、考え過ぎだ。宇宙に島流しなんて、世論が許すはずがない」

 

 

 とはいえ「自分の考え方」も、自分一人で作り上げるものではない。自分が触れてきた情報の影響を受けて形作られていく。

 達也と十三束では、経験と、取り入れた情報と、積み重ねてきた思考が違い過ぎる。優劣ではなく、お互いに異質すぎる。達也が出した結論は、今の十三束には受け入れがたいものだった。恐らく、十三束の方が普通なのだ。彼が示している拒絶は、多くの人々が共有するものに違いなかった。

 

「司波君はただ、自分の我が儘でディオーネー計画に参加したくないだけなんだ。僕が資料を見直してその事を突きつければ、司波君だって大人しくディオーネー計画に参加するしかなくなるはずだ」

 

 

 十三束はそう結論付け、公開されているディオーネー計画の資料を手に入れる為に図書室に向かおうとして、自分がびしょぬれになっている事に初めて気が付いたのだった。




何も言ってもダメなんでしょうね

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