リビングから避難した達也は、一人の女性が帰ってきた事を気配で察知し、その女性の部屋を訪ねる事にした。
「あら、わざわざ顔を見せてくれなくても、すぐに私の方から会いに行ったのに」
「いえ、いろいろと確認したい事がありますので、帰りを待っていたのですよ」
「そうなの? 急ぎよね?」
「そうですね。出来れば急ぎでお願いしたいのですが」
「じゃあちょっとだけ待ってて。さすがにこの格好で達也くんの相手が出来る程、私は図太くないつもりだから」
帰ってきたばかりでまだ部屋着に着替えきれていなかったので、響子は顔だけのぞかせて達也の相手をしていた。達也の方も響子の事情は把握していたので、無理に部屋に入るつもりも無かったのだ。
「三分だけ待って。着替えと、軽く掃除もしちゃうから」
「そこまで気にしなくても良いと思いますが」
「異性を部屋に招くのよ? 散らかったままより片付いてた方が良いでしょ?」
「さぁ? その辺りの感情はありませんので」
達也の答えに、響子は苦笑いを浮かべてドアを閉める。達也の感情の欠陥については知っているので、何を言っても無駄だと判断したのかもしれない。
三分と響子は言ったが、実際は二分も経たずに部屋に入る事が出来た達也は、一応部屋を見回してから響子が用意してくれた椅子に腰を下ろした。
「前に伺った時と何も変わっていないように思えますが」
「そりゃ慌てて片付けたからね。だから、クローゼットの中を見たりしたら駄目よ?」
「そんな事はしません」
達也としては、他人のクローゼットを開くような趣味は持ち合わせていないので、開けろと言われても開けるつもりは無い。達也のそんな感情を知ってか知らずか、響子は少しつまらなそうな表情を浮かべ、お茶の用意を始める。
「達也くんの雰囲気から察するに、すぐに終わる話じゃないんでしょ?」
「まぁ、響子さんにとってはどっちも聞きたくはない話かもしれませんがね」
「……何を言うつもりなのかしらね」
聞きたくない、と直感的に思った響子だったが、聞かないという選択肢は存在しない。いや、響子が聞きたくないと思ったところで、達也が言わずに帰るはずもないのだ。
「まずは、お帰りなさい」
「えぇ。一時的ですが、こちらに帰ってくることが出来ました」
「達也くんの立場からすれば、このまま落ち着いてこっちで生活――なんて難しいんでしょうけども、私たちは帰ってきてくれて嬉しいわ」
「他の人にも言われましたが、喜んでもらえて何よりです」
達也も響子の気持ちは分かるので、いきなり本題に入る事はせず、響子の世間話に付き合った。
「達也くんが生活してる周辺に遠距離魔法攻撃がされたって聞いた時には心臓が停まるかと思ったわよ」
「それはご心配をおかけしました」
今の一言だけで、達也は響子が情報を与えられていなかったという事を理解した。もし聞かされていれば、あのような言葉は出なかっただろうと判断したのだ。
「それから、水波さんの事だけど、その後具合はどうなの?」
「まだ触覚が麻痺しているのと、身体が上手く動かせないという影響は残っていますが、日常に復帰出来る可能性は高いです」
「そうなの……『日常に』ということは、それ以外は難しいって事で良いのかしら?」
「そうですね。ガーディアンとしてはもう、使い物にならないでしょうね」
淡々と告げる達也とは対照的に、響子の表情は何処か寂しそうだった。それだけ『魔法師としての水波』を評価していたのだろうと、達也は響子の表情からそう読み取ったのだった。
「じゃあ今は達也くんが深雪さんのガーディアンとして働いているのかしら? 次期当主を現当主の姪のガーディアンに使うのはどうかと思うけど……達也くん以上に深雪さんのガーディアンに向いている人はいないもんね」
「今は深雪の中に『眼』を残していますので」
「深雪さんに危険が迫ればすぐにわかるって事ね」
「それに、深雪が生活しているのは四葉の拠点とも言えるビルです。余程の命知らずでもない限り『あの』四葉家が所有しているビルに近づこうなんて阿呆はいませんので」
「それもそうね。四葉家の悪名は、日本だけに留まらず世界中に知れ渡っているものね。むしろ、海外の魔法師の方が四葉家を恐れている節があるもの」
「実際に暴れたのが海外ですから、それは仕方がないのでしょう」
他人事のように話す達也だが、彼が本気になれば過去の四葉家の行動が可愛いとすら思える結果をもたらす事が出来るのではないかと、響子はそんな事を考えていた。
「さて、そろそろ本題に入っても?」
「もうちょっとお喋りに付き合ってもらいたいけど、達也くんも暇じゃないんだもんね……」
「えぇ。何時また襲われるか分からないので」
「その事は隊長からも聞いています。私が達也くんに教えられれば良かったんだけど、ベゾブラゾフが達也くんに直接攻撃を仕掛けるという情報は私には入ってなかったから」
「そのようですね。もし響子さんが知っていれば、結果は変わったかもしれません」
「そうね……その責任を感じてないわけじゃないわ。水波ちゃんには、悪い事をしたと思ってる」
「響子さんが悪いわけでは無いんですがね……俺の力不足です」
響子を慰める為では無く、達也は割と本気でそう思っているのだった。
あの話は風間と佐伯の間だけだったしな……極小人数で動いてたし