二日続けて一高に通う達也の隣には、ほのかと雫、その後ろにはエリカが陣取っており、一高最寄り駅から合流した深雪は少し離れた位置を歩いている。その光景が他の生徒には珍しく、また恐ろしくもあり、達也たちに近づこうとする生徒は一人もいなかった。
「達也さん、落ちついて登校できるのは何時まで?」
「それは俺にも分からない。世界情勢がどう動くかによって、明日にでもまた動かなければいけなくなる可能性だってあるからな」
「とても高校生のセリフとは思えないわよね。まぁ、達也くんが普通の高校生じゃないっていうのは知ってるし、達也くんを取り巻く状況を考えれば仕方ないのかもしれないけど、もう少し落ち着いても良いんじゃないかなって思っちゃうのよね」
「落ち着いてほしいとは俺も思うが、俺が発表したプロジェクトをディオーネー計画から逃げる為の方便だと言っている連中がいるんだ。のんびりとしているわけにもいかないだろ」
「ホント、物事が理解出来ない奴らばっかりで嫌になるわよね。深雪もそう思わない?」
「えぇそうね。達也様が仰っている事が理解出来ないような方々に、達也様を悪く言われるなんて我慢出来ないわ。いっそのこと私がそのメディアを潰してこようかしら?」
「深雪、冗談に聞こえないんだけど……」
「あら? もちろん冗談に決まってるじゃないの」
「そ、そうよね」
感情の読めない笑みを浮かべる深雪に対して、エリカは引き攣った笑みを返す。どうやら達也の隣に立てない事が相当気に入らないらしいと、エリカはこれ以上深雪をからかうのは止そうと決意した。
「そうだ! 放課後水波ちゃんのお見舞いに行かない? 深雪も一緒に」
「えぇ、それは構わないわ。今日は達也様をお部屋にお迎えするから、一度部屋に戻ってからになるけどいいかしら?」
「う、うん……それは全然」
自分たちは同じ家で生活するのがやっとなのに、深雪は部屋に達也を招き入れているのかと、ほのかは少し嫉妬したが、雫は深雪が見栄を張っているのではないかと疑いの視線を向ける。当然深雪は達也を部屋に招き入れる覚悟はしているが、はしたない子だと思われたくないという気持ちが働き、まだあのマンションの同じ部屋で寝た事は無い。――伊豆の別荘ではあるのだが。
「エリカたちも一緒にどう?」
「あー、あたし今日部活に顔を出さなきゃいけないのよね」
「私たちも生徒会や風紀委員の仕事があるから、それほど違わないと思うけど」
「そうなんだろうけど、今日は遠慮しておくわ。達也くん、また都合がいい日を教えてね」
言外に、今日は巻き込まれたくないと達也に伝えるエリカと、それを正確に把握した達也は、目で語り合いこの場を誤魔化す事に成功した。
「ところで達也さん」
「何だ?」
「昨日の夜遅く……ううん、もう十二時を回ってたから今日の朝早く? 七草先輩が達也さんの部屋に行ってなかった?」
「気付いてたのか?」
「何となく、トイレに起きた時に七草先輩が達也さんの部屋に入っていくのを見たから」
「どういう事ですか、達也様!?」
誰よりも動揺した深雪を宥め、達也は事情を話す。
「香澄から俺が十三束に呼び出された事を聞いて、何の用事だったのかと聞きに来ただけだ」
「そういえば、十三束君は納得してくれたの?」
「俺が何を言っても受け入れる事は無いだろうから、自分で調べ直せとだけ言っておいた。後でどうなるかは俺にも分からん」
「達也くんの事だから、十三束君がどんな結論にたどり着いても相手するつもりは無いんでしょ?」
「心外だな。十三束がちゃんと調べてきたなら、話に付き合うくらいはするつもりだ」
「説得には応じないんでしょ? 当然だけどさ」
質問しておきながら、エリカは達也が十三束の説得に応じる事は絶対にないと決めつけていた。エリカだけでなくほのかと雫も同様のようで、深雪に至っては十三束をどう始末しようかと思案するまでに至っていた。
「やはりあの時、叔母様に報告して十三束家を潰しておけばこのような事には……達也様のお手を煩わせるなど万死に値するというのに……」
「み、深雪? 怖いからブツブツというの止めてくれない? それに、そんなことすれば達也くんに怒られるわよ?」
「冗談に決まってるでしょ? それに、わざわざ叔母様の手を借りなくても、私一人でどうにでも出来るもの」
「笑顔で言う事じゃないわよ、それ……」
曲がりなりにも百家の一員であるエリカにとって、その家を一人で潰せると言い切る深雪の恐ろしさを正確に知る事が出来てしまうのだ。もちろん、ほのかや雫も深雪を怒らせてはいけない、と思えるくらいの迫力はあったので、エリカが百家の一員だからというのは、あまり関係なかったかもしれないが。
「それじゃあ放課後、水波ちゃんを交えてお話ししましょう。もしかしたら水波ちゃんも私たちの一員になれるかもしれないのだし」
「どういう事?」
「それはまだ内緒。正式に決まったら教えてあげるわ」
恐らくは断られないだろうと深雪も思っているが、ぬか喜びさせるのも忍びないので決定するまで黙っていようと決めていた。達也の方も、今夜あたりにでも真夜に電話して確認を取ろうと思っていたので、それまでは他言するつもりは無かったのだった。
達也もだけど、深雪も恐ろしい事を平然と……