生徒会業務も風紀委員会業務も終わり、深雪、ほのか、雫の三人は昇降口で待っている達也の許に早足で向かう。ここで駆け出さない辺り、三人が優等生だという証拠だろう。
「達也様、お待たせいたしました」
「いや、それほど待っていないよ。小野先生をからかっていて時間を潰していたからね」
「小野先生を、ですか? もしかして達也様、カウンセラーである小野先生をカウンセリングが必要な状況に追い込んだのでは?」
「そこまではしていないが、最後には怒鳴られてしまった」
達也と深雪の冗談とも思える会話内容に、ほのかと雫も思わず笑ってしまう。達也が誰かをからかうなんて滅多にない事だし、その捌け口として遥が選ばれたのにも納得出来ての笑みだった。
「それじゃあ達也さん、水波ちゃんのお見舞いに行きましょうか」
「そうだな。水波にはウチを介してほのかと雫が見舞いに来ると伝えてあるから、顔を見せればきっと喜ぶだろう」
「水波の事だから、喜ぶ前に恐縮しそうだけど」
「まぁ、それが水波だという事で」
水波の立場なら仕方がないとほのかも雫も分かっているのだが、それでも恐縮されるのはどことなく居心地が悪いのだ。特にほのかは水波ともっと仲良くなりたいと強く思っているので、何時までも恐縮されるのを快く思っていない節がある。
「達也様の婚約者である私たちに対して、水波ちゃんが恐縮するのは仕方がない事よ、ほのか」
「分かってる、分かってるんだけど……私は主として水波ちゃんに扱ってほしいわけじゃないの。普通のお友達として、お話ししてみたりお出かけしてみたいの」
「それは私も思っているけど、水波ちゃんには難しい事なのよね……香澄ちゃんや泉美ちゃんとは普通のお友達としてお出かけしてるけど、その時も水波ちゃんは丁寧語だし」
「水波にお願いしてみる? 普通に話して欲しいって」
「今の雫の立場じゃ、お願いじゃなくて命令になっちゃうわよ? そもそも、あれが水波ちゃんにとっての普通なんだから、今更変えようがないんじゃないかしら」
水波の口調について盛り上がる三人を、達也は慈しむような目で眺めていた。達也が自分たちをそんな目で見ているなど気づきもせず、三人はどうやったら水波の口調を改められるかを考えいてた。
「そもそも水波ちゃんが丁寧語以外で話しているところを見た事が無いのよね」
「詩奈ちゃんや侍朗君にもあんな話し方だったし」
「後輩にもあれだと、やっぱり難しいね」
「水波ちゃんの立場を考えれば、やっぱり仕方がないって思っちゃうのよね……」
「水波ちゃんは四葉家のメイドなんだよね? 同僚にもあんな話し方なの?」
「どうだったかしら……というか、水波ちゃんが従者の中で最年少だし、気楽に話せる相手はいなかったと思うけど」
「達也さんが当主になったら、水波の地位も上がるんじゃない?」
「それ、どういう事?」
雫の考えが分からなかったほのかが、真っ直ぐな瞳を向け雫に問いかける。普通なら恥ずかしがったり居心地が悪くなったりするのかもしれないが、ほのかのそのような視線に慣れている雫は、身動ぎ一つせず答える。
「達也さんが当主になって、深雪が達也さんの妻として四葉家に君臨すれば、水波は当主婦人の側付きになりわけだし、従者の中ではかなり上の方になるはず」
「それだけで水波ちゃんの口調が変わるとは思えないけど、確かに水波ちゃんの地位向上にはなるかもね」
「深雪は、水波にずっとそばにいてもらいたいって言ってたよね? それなら水波だって深雪の世話を一生したいって思ってるかもしれないよ」
「私の一存で水波ちゃんの一生を縛り付けるつもりは無いけど、水波ちゃんにそう思ってもらえてるなら嬉しいわね。私は水波ちゃんの事を、妹だと思ってるし」
「妹かぁ……私は一人っ子だし、雫は航君だけだしね」
「達也さん、妹ってどんな感じなの?」
この中で唯一「妹」という存在がどういうものかを知っている――正確には従妹だし、深雪が普通の妹だとは思っていないが――達也にほのかと雫が視線を向ける。
「どんなと言われてもな……俺には深雪に対する情とほんのわずかな恋愛感情しか残されていないから、正しく伝えられる自信はないぞ」
「達也様は私の事を愛してくださっていますし、普通の兄妹では無かったのは私も自覚しています。そもそも中学一年の夏休みまで、私は達也様の事を使用人同然に扱っていたのですから」
「その話は聞いたことがあるけど、今の深雪からは考えられないよね」
「家の方針だったとはいえ、達也さんは悔しくなかったんですか? 実力があるのに、無能扱いされていたって深雪から聞きましたけど」
「四葉家の魔法師としては、俺は使い物にならなかったからな」
「あれは、叔母様やお母様が達也様の力を封じてしまったからで……! 達也様が最初から今の力を開放されていたのなら、私が当主候補になる事も無かったでしょう」
「深雪を当主にしたいから、母さんは俺の力を封じたんだろう」
真夜の事は「母上」と呼び、深夜の事は「母さん」と呼んでいる達也に、深雪は複雑な思いを懐く。確かに実母は真夜であり、深夜は伯母に当たるのだが、深夜が無くなった時まだ達也は深夜の息子だったのだ。その思いが深雪を苦しめていると知っている達也は、深雪の頭をそっと撫でるのだった。
生物学上の母親は真夜だが、生みと育ての親は深夜だしな……