劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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居心地は悪そう……


水波の心境

 達也たちが見舞いにやってくると聞かされ、水波は一日中そわそわしていた。達也と深雪だけならこれほどそわそわする事は無かっただろうが、今日はほのかと雫もやってくるのだ。四葉家従者の身でありながら次期当主の婚約者二名が自分の事を心配してやってくるなど、水波にとって落ち着かない要因となっても仕方がないのかもしれないが、ほのかと雫はそんな事を気にして欲しくないと願っているので、水波のこの態度を見ればきっと気に病むだろう。だから水波は何度も落ち着こうと思ってはいるのだが、その都度緊張が昂ってしまうのだった。

 

「どうしましょう。ほのか様も雫様も、私のこの態度を何とかして軟化させようとなされているし、深雪様同様私の事を一人の少女として扱ってくださっています。その事はありがたいのですが、四葉家従者として――調整体魔法師としての自分がどうしてもその思いを受け容れられないでいる……」

 

 

 もっと気楽にいられたらと思った事が無いとは言わないが、水波は現状を不自由だと思った事が無い。思えない立場だという事は否定するつもりは無いが、それを差し引いても現状は自由であると水波は思っているのだ。

 

「深雪様は達也さまのお世話を私にお任せしてくださいませんが、深雪様のお立場を考えればそれは仕方がない事ですし、達也さまも私の自由を認めてくださっているので、これ以上を望むなど失礼に当たるでしょうし……」

 

 

 そんな事を考えていたが、病室に人の気配が近づいてくるのに気が付き、水波は考えを一時中断して気配の正体を探る。

 

「達也さまにほのか様、雫様の三人……? 深雪様はどちらに行かれたのでしょうか?」

 

 

 水波は今日、達也が深雪の部屋に泊まるという事を知らないので、深雪がその準備に一度マンションに戻ったという事情を知らない。だから見舞いに深雪が来なかった理由が分からず、しきりに首を捻ったのだった。

 

『水波、入っても良いか?』

 

「はい、どうぞ」

 

 

 光宣が急に訪ねてきた時とは違い、水波は既にしっかりと身だしなみを整えているので、慌てる事無く入室の許可を出す。水波の声にAIが反応し扉のロックが外れると、まず真っ先に顔を見せたのはほのかだった。

 

「水波ちゃん、大丈夫?」

 

「は、はい……まだ少し動きづらいですが、このように話せますし、髪を梳かしたり着替えたりも出来ますので」

 

「深雪から聞いた。水波もかなり無茶をするんだね」

 

「ご心配をおかけして、大変申し訳なく思っています」

 

「気にしなくて良いよ。それが水波の仕事なんだし、二人を守ってくれたことは私たちからお礼を言わなきゃいけない事だし」

 

「そんな! 雫様、頭を上げてくださいませ! 私のような存在にそのような事をされてはいけません!」

 

 

 深々と頭を下げてお礼を言う雫に、水波は動きの鈍い腕を何とか動かして頭を上げるよう雫に懇願する。こんな場面を他の誰かに見られたらあらぬ誤解を懐かれてしまうと心配しての事だが、そもそもこの部屋は水波が入室を許可しない限り誰も入ってこれない――ただし医者や看護師は除く――ので、四葉関係者に見られる心配は不要なのだ。

 

「私からも、水波ちゃん、ありがとうね。達也さんと深雪を守ってくれて」

 

「い、いえ……それが私の使命ですから。というか、ほのか様までそのような事をなさらないでください! 私は従者として当然のことをしただけですので」

 

「水波、前にも言ったかもしれないが、自分の功績を自分で否定するのは止せ。お前がいてくれなかったら俺も深雪も無事では済まなっただろう」

 

「達也さま……」

 

 

 確かにトゥマーン・ボンバの影響を受けただろうが、最終的には達也も深雪も無傷であの場に立っていただろうと水波は思っている。トゥマーン・ボンバの衝撃では、達也を即死させることは難しかっただろうし、達也が生きている限り、深雪が死ぬ事も無いだろうと水波は確信している。だから自分がいなくても達也は勝てたと思ってしまっているのだ。

 

「水波ちゃんが自分の立場を気にしている事は私たちも分かってるけど、それでもお礼を言いたいの」

 

「わ、分かりました。ですから頭を上げてくださいませ! 居心地がよくありませんので」

 

「水波がそういうなら」

 

 

 雫が頭を上げ、それを横目で見たほのかも頭を上げる。それで少しは改善されたのか、水波の顔から焦りの色が消えていった。

 

「水波は当然の事だって思ってるかもしれないけど、いくら従者だからといって主の為に命を懸けて動ける人は多くない。ウチにいるボディガードだって、そこまでの心意気を持っている人は多くないと思う」

 

「そう…でしょうか……」

 

 

 自分がただのボディガードではなくガーディアンだという事を忘れている雫に、あえてその事を思い出させる必要は無いと判断した水波は、そう言葉を濁した。その水波の反応を恐縮だと受け取った雫とほのかは、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 

「そういえば達也さま、深雪様はどちらに?」

 

「深雪は一度家に帰ってから見舞いに来ると言っていた」

 

「今日は達也さんが深雪の部屋に泊まるらしいから、気合いが入ってたみたい」

 

「なるほど」

 

 

 それなら何をおいてもその事を優先するなと納得した水波は、マンションがある方に視線を向けて小さく頷いたのだった。




それで納得するのもどうかと思うが……

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