深雪たちを水波の病室に残して、達也は調布のマンションに戻り、身なりを整えてから真夜への直通の番号をコールした。
『あら達也さん。このような時間に電話して来るなんて珍しいですね。何か急ぎの用件かしら?』
「お忙しいところ、誠に申し訳ございません、母上」
『構わないわよ。私と貴方は母子なのですから、遠慮する必要はありません』
「恐縮です」
真夜が当主として対応しているので、達也もあくまでも「次期当主」としての立場で真夜と会話する事を徹底している。
『それで、わざわざ直通の番号に連絡してきたという事は、かなり重要な事なのでしょう?』
「そうですね。場合によっては水波の転院も考えなければならない案件です」
『……聞かせてちょうだい』
水波の容態が芳しくない事は真夜も知っている。今の病院から動かしたところで魔法演算領域に負ったダメージを完全に回復出来るはずもないのに、それが分かっていて転院を申し出てきた達也の考えが真夜には分からず、先ほどまで見せていた余裕な表情は訝し気なものに一変した。
「先日、九島家の末子光宣が水波の見舞いに来たことは、母上もご存じかと思います」
『えぇ。九島閣下のお孫さんだから無碍にしない方が良いと思い、お見舞いを許可しましたから』
「その光宣ですが、パラサイトに身体を乗っ取られている可能性があります」
『どういう事? ウチで管理しているパラサイトは特に問題ないし、九島家でもそんな事件が起こったとは聞いていませんので、また新たなパラサイトが日本にやってきたという事かしら?』
もしそうなら急いで対策しなければと真夜は考えたのだが、達也の落ち着きようからそれは無いと判断して達也に問い掛けた。彼ならおおよその見当は付いているだろうし、どう対処すべきかも既に考えているだろうと真夜は信じているのだ。
「恐らく九島家の人間も気付いていないのでしょう。光宣がパラサイトになった事に……」
『達也さんはどうして光宣さんがパラサイトになったと思ったのかしら? 直接会ったわけではないのでしょう』
「これは響子さんから聞いた話なのですが、光宣がエレメンタル・サイトに目覚めているようです。しかも、自分のより精度の高いレベルで」
『達也さんのエレメンタル・サイトは相当なものです。それ以上だというのかしら?』
「自分のエレメンタル・サイトは、視ようとしなければ視えません。ですが光宣は、九島の家にいながら伊豆で放たれた強力な魔法を感知し、一方を自分の魔法だと見抜きました」
『それだけで光宣さんがパラサイトになったと判断するのは早計だと思いますが』
「光宣は水波に『治療法を見つけ出す』と言ったそうです。響子さんが知っている限りでは、九島家にも魔法演算領域に負ったダメージを完全に回復させるような術はないそうです。そんな知識が何処かにあるとすれば、それはもう人ならざぬものの知識でしょう。警戒するには十分だと思います」
『……そうね。こちらでも調べておきますので、達也さんは今以上に水波ちゃんの警戒をお願いします』
「分かりました」
達也は水波の中にも「眼」を残してきている。水波自身は達也にそんな事をされたとは思っていないが、深雪同様水波の身に何かあれば、達也にはすぐ分かるようになっているのだ。
『水波ちゃんの全てを視た時に「眼」を残しておくなんて、さすがは達也さんね』
「水波は深雪にとって妹も同然の存在ですから。彼女に万が一のことがあれば深雪が悲しみます」
『そうね。彼女の叔母に当たる穂波さんも、魔法演算領域に過度のダメージを負った所為で亡くなってしまったものね。彼女は深雪さんにとって姉みたいな存在だったし、たっくんの――』
「それは言わなくて良いです」
『そう、ね……とりあえず水波ちゃんの件はこちらでも調べておきますし、九島家にも確認を取ってみます。何か分かり次第連絡しますので、達也さんの方もなにか分かったらまた電話してちょうだい。何時でも構わないので』
「分かりました。それから、新ソ連の動きで何か分かった事はありませんか?」
『そっちの方も調べさせているけど、何分新ソ連の方たちが必死になって隠してる情報ですから、我が四葉家の情報網も以てしてもそう簡単に調べ上げられないわ』
「そうですか。母上が使っていた『玩具』は、今は使い物にならないのですか?」
『……達也さんが何のことを言っているのか分からないわ。とにかく、そっちの事も分かり次第兵庫さんを介して達也さんに教えますので、達也さんは様々な警戒を怠らないようにお願いします』
達也にフリズスキャルヴの事を言われ慌てたのか、真夜はそそくさと電話を切った。強引に電話を切られた達也だったが、真夜がそのような反応をすると分かっていたので、真っ黒になった画面を見ながら笑いを堪えていた。
「とりあえずこれで、光宣も簡単には水波には近づけないはずだ……だが、本当にパラサイトになっているとするなら、普通の警戒網では意味をなさないだろう……そして、それ以外のものが憑りついていたら、俺にも対処出来るかどうか分からんな……」
光宣が何処から知識を持ってくるか分からない以上、達也は様々な状況に対しての対策を練らなければならない。ESCAPES計画で忙しい達也にとって、光宣の存在はかなり厄介なものとなりそうだった。
そりゃ知られてるだろうよ……