ほのかと雫と別れ、深雪はマンションの部屋へとうきうき気分で戻っていく。今日は達也と二人きりで一夜を過ごせると思えば、水波に対する心配も多少は薄れているのだろう。もちろん、達也にこんな姿を見られれば注意されるという事は分かっているので、部屋が近づくにつれて深雪の態度は何時も通りへと戻っていく。
「達也様、ただいま戻りました」
「お帰り。水波の様子はどうだ」
「ほのかと雫がお見舞いに来てくれたからか、少し明るい表情を取り戻してました。やっぱり学校に通えない状況が辛いのかもしれませんね。今度泉美ちゃんたちにもお見舞いに来てもらえないか聞いてみましょうか?」
「いや、強要するのではなく、自主的に来てもらった方が水波も嬉しいだろうから、もし泉美か香澄から申し出があったら、その場で許可して構わない」
「私より達也様にお尋ねになる可能性の方が高いのではありませんか?」
「俺はまだ毎日学校に通える状況ではないからな。いるかいないか定かではない相手より、確実にいる深雪の方に尋ねる可能性の方が高いと思うぞ? まして泉美は深雪信者だからな」
「止めてください」
言葉では達也に対して怒っている風を装っているが、深雪の表情は何処か楽しそうだ。それだけ達也との時間を楽しみにしていたのと同時に、水波の事で頭を悩ませているからこうしたちょっとしたやりとりが楽しく感じるのだろうと、達也はそんな事を考えていた。
「ところで達也様。今日はどのような用件で叔母様にご連絡を?」
「気付いていたか」
「それはもう。達也様のちょっとした変化を深雪が見逃すわけがありません」
胸を張って答える深雪の頭を、達也は優しく撫でる。彼がこのような表情を見せる相手は、深雪が圧倒的に多い。長年一緒に暮らしてきたという事も多分にあるが、彼が深雪に対してのみ他の婚約者より強い感情を懐けるというのもあるのだろう。
「まだ不確定な事だから詳しくは言えないが、水波の今後に関わる事だ」
「それは、転院がどうとか言っていたのと関係があるのでしょうか?」
「あぁ。もちろん、転院させないで今の病院に留まる方が水波の身体の負担は少ないだろうが、心の負担がどうなるか分からないからな」
「そうですか……水波ちゃん、早く良くなると良いですね」
達也に向けて放った言葉だが、何処か自分自身に言い聞かせているような深雪のセリフに、達也は何も答えなかった。
「そうでした! すぐにお食事の用意をしますので、少々お待ちください」
「いや、深雪も疲れているだろう。今日はHARに任せて、深雪もお休み」
「いえ、大丈夫です。それに、達也様のお世話をするのが、深雪にとって何物にも代えられない活力なのです。だからお願いします」
「仕方ないな……」
上目遣いで懇願されては、さすがの達也でも断れない。それが分かっているのかいないのか、深雪は絶対に譲れない時に上目遣いで懇願する事が多いのだ。
「では、すぐに用意を済ませますので、達也様はリビングでおくつろぎください」
満面の笑みでそう言い残して、深雪は着替える為に一度部屋に引っ込み、着替え終わるとすぐにキッチンに向かい調理を開始する。その一連の動きを見ていた達也は、暫くしてからテレビの電源を入れて情報収集を始めた。
「やはり外務省と防衛省は俺にUSNAに行ってもらいたいみたいだな」
直接的な表現はしていないが、外務省と防衛省の背広組の会見からは、達也にディオーネー計画に参加してもらいたいという意思がはっきりと伝わってくる。
「風間中佐が難しい顔をしていたと響子さんから連絡があったから、恐らく背広組から俺にディオーネー計画に参加するよう説得しろとか言われたんだろうな。いくら説得されたからといって、俺がディオーネー計画に参加するはずがないと分からないようでは、外務省の未来も明るくないな」
そんな事を考えながらコーヒーを啜り、再び画面に視線を移し達也は意外なニュースを目にした。
「外務省や防衛省とは対照的に、財界の人はESCAPES計画を支持してくれているようだな。雫のお父上の影響か、東道青波の影響かは分からないが」
今映っているのは財界でもそれなりに地位のある人間の会見。彼はディオーネー計画ではなく達也のESCAPES計画を支持すると話している。
「財政界でここまで意見が割れるのも珍しい事だろうな」
「何か面白いニュースでもやっているのですか?」
「いや、そういうわけではないよ」
急に声をかけられたからといって、達也が慌てる事など無い。むしろ驚かれたら深雪の方が驚いただろう。
「外務省や防衛省は俺にディオーネー計画に参加しろといっているのに対して、財界の方々はESCAPES計画を支持してくれている構図が少し可笑しくてね。どうやら背広組より財界の方々の方が、物事の本質を見抜く力があるらしい」
「達也様の考えが理解出来ないような政治家など、いる意味がありません」
「そこまで言い切らなくてもいいんじゃないか?」
「いえ、叔母様も同じことを仰ると思いますよ」
真夜ならありえそうだと、達也は深雪の言葉に苦笑いを浮かべるのだった。
何でか政財界って打ちたくないんですよね……何でだろう?