劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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今回は逆上せないように気を付けてます


二度目の入浴

 達也と二人きりというシチュエーションに、深雪はこの間の失敗を思い出す。あの時はどうやって自分が風呂から出たのかも、いつの間に着替えたのかも分からぬままだったが、恐らくは水波が後始末をしてくれたのだろうと思っている。だが今日同じ失敗を繰り返した場合、前回後始末をしてくれた水波はいない。なので深雪は自分の行動に細心の注意を払うと心に決めていた。

 

「達也様、お風呂の用意が出来ております」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

 達也にバスタオルと寝間着を手渡し、深雪が達也に風呂を促すと、達也は特に疑うことも無くそれを受け取り、そのまま風呂へと向かう。

 

「(前回は嬉しさのあまりすぐ逆上せてしまったようだけど、今回は絶対に逆上せないようにしなくては)」

 

 

 達也が完全に風呂に入ったのを確認して、深雪は自分の用意を始める。達也なら気配で自分が何をしているか気付いてしまうかもしれないが、達也の思考は今別の事でいっぱいのはずだから、危険の少ないこのマンションで自分の事に意識を割いている余裕はないだろうと、深雪はそう思う事にした。

 

「(明日にはまた、達也様はほのかたちが生活している新居へとお戻りになってしまいますし、また何時達也様が東京にいられなくなるかも分かりませんし……)」

 

 

 自分に言い訳をしながら、深雪は入浴の用意を済ませ部屋を出る。ここまで来て今更引き返すわけにもいかないと自分を鼓舞して、深雪は脱衣所の扉を開けて達也に声をかける。

 

「あの、達也様……ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

『別に構わないが、大丈夫なのか?』

 

「は、はい! 今日は逆上せたり致しませんので」

 

 

 達也も前回の失敗を気にしているようで、深雪は力強くそう答える。少し考えるような間があったが、達也からの答えは深雪にとってもありがたいものだった。

 

『深雪が大丈夫だというのなら、俺は構わないから入っておいで』

 

「はいっ!」

 

 

 これが他の婚約者なら断られた可能性が高いが、基本的に達也は深雪に特別甘いのだ。それが分かっているのかいないのか深雪が気にする事は無く、彼女は達也の返事を受けてすぐに衣服を脱ぎ浴室へと向かった。

 

「失礼します」

 

「そうかしこまる必要は無いだろ。ここはお前の家なのだから」

 

「いえ、そういう事ではなくてですね……」

 

 

 達也がいる事で緊張している深雪に、少しズレた言葉をかけてくる達也に、深雪は恥ずかしそうに頬を染める。もう何度も見た事がある達也の身体だが、どうしても直視するには時間がかかってしまうのだ。一方の達也もなるべく深雪の事を視ないようにしているが、その態度が不満なのか深雪から不機嫌オーラが漂い始める。

 

「それで、何か話があって来たんじゃないのか?」

 

「いえ、ただ達也様とご一緒したかっただけです」

 

「そうか……」

 

 

 既に全身を洗い終わっている達也は、深雪に場所を譲り自分は湯船に浸かる。本当は達也に洗ってもらいたかった深雪ではあるが、そこまで甘える勇気がなく、結局は自分で全身を洗い、シャワーでその泡を流した。

 

「失礼します」

 

 

 向かい合う勇気が無いので、今回も背中合わせでの入浴になるが、達也と触れ合っているだけで深雪は幸せな気持ちになれた。

 

「こう言っては不謹慎かもしれませんが、伊豆を襲撃してくれたお陰で達也様がこちらに戻ってこられたのですから、悪い事ばかりでは無かったのかもしれませんね」

 

「だがまだ完全に終わったわけではない。何時攻撃が来るか分からない状況だからな。人が多いところでトゥマーン・ボンバを使われた場合、厄介な事になりかねない」

 

「どういう事でしょうか?」

 

 

 達也が何を危惧しているのか分からない深雪は、素直に達也に尋ねる。

 

「攻撃してきたベゾブラゾフにも非難が向くだろうが、攻撃された俺にも非難が向く可能性があるという事だ。俺がディオーネー計画に参加しないからこんなことになったと」

 

「つまり、万が一被害者が出た場合、魔法攻撃をしてきた相手だけでなく、達也様にも原因があると言い始める可能性があると?」

 

「まだESCAPES計画よりディオーネー計画の方が有益だと報じているメディアも少なくないからな。そんな事になれば、すぐに俺を非難する報道をしてもおかしくはない」

 

「被害者である達也様をそんな風に報道すれば、他のメディアも黙っていないと思いますが」

 

「他がどう思おうが関係ないのだろうな。今だって、ESCAPES計画を支持してくれているメディアの事を攻撃するような報道をしている機関だってあるくらいだ。他との繋がりを排してでも俺をUSNAに送りつけたい輩からの指示を受けているのかもしれない」

 

「そのような下種がまだいるのですね……何故財界ではすぐに見破れるディオーネー計画の真の目的を、政界では見破れないのでしょうか?」

 

「裏を見る必要は無いからだろうな。USNAから言われるがまま動いていれば、貿易などで損を被る事は無いとでも思っているのだろう」

 

「やはり政治家は無能なのですね」

 

「全員がそうだとは言わないが、恐らくそういう事なのだろうな」

 

 

 深雪が零した言葉に、達也も全面的にではないが同意した。外務省と防衛省の背広組がそうであるように、USNAから言われたらただ従うだけの人間がいるという事を、達也は否定出来ないのだ。




辛辣な深雪さん……

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