劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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天文学的確率でもあり得ない不安


微かな不安

 今回は逆上せる事無く風呂を上がれた深雪は、達也に冷たい牛乳を用意する。まだ夏では無いが、湯上りはそれなりに暑い思いをするので、こうした準備は抜かりなくしてあったのだ。

 

「達也様、牛乳をどうぞ」

 

「あぁ、すまないな。深雪も座ったらどうだ?」

 

「いえ、私はこのままで」

 

「今更かしこまられてもこっちが困るんだがな。兄妹ではなく従兄妹だったが、俺たちが過ごしてきた時間に変わりはないんだ。今更距離を取られても俺が悲しい」

 

「そういう事ではないのですが、達也様が良いと仰ってくださるのなら……」

 

 

 深雪としては恥ずかしいのもあるが、次期当主である達也にあまり馴れ馴れしくするのは良くないのでは、という不安があるから自重していたのだが、達也が許可してくれるならという言い訳を手に入れたので、我慢する事を止めて達也の隣に腰を下ろした。他の婚約者が何を言ってこようが『達也が許可してくれた』という言い訳を手に入れたので、思う存分甘えるつもりなのだ。

 

「達也様はどのような妨害をされようがディオーネー計画に参加するつもりは無いのですよね? 深雪たちを残して、宇宙に行ってしまう事は無いのですよね?」

 

「当たり前だろ? そもそもディオーネー計画に参加したとして、俺に全く利益が無いからな。地球上から居場所を奪われ、永遠に宇宙空間に島流しなど、誰が好んで参加すると思う」

 

「ですが、達也様のように考えられない連中が、未だに達也様にディオーネー計画に参加しろと言っています。十三束君もお母様が倒れた事で、冷静な判断が出来なくなっていますので、達也様に再び突っかかってくる可能性も低くないでしょう」

 

「十三束が何を言おうと、俺の行動を決めるのは俺自身だ。周りに何を言われようが、ディオーネー計画に参加する事は無い」

 

「それは、叔母様が命じても、でしょうか?」

 

 

 真夜が達也にそんな事を言うはずがないと分かってはいるが、深雪としてはそれくらいの事があった場合でも達也は自分の側に残ってくれるのだろうかという不安が残っていたのだ。

 

「今更母上がディオーネー計画に参加しろだなんて言ってくるとは思えないが、例え四葉家に命じられたとしても、俺がESCAPES計画を破棄してディオーネー計画に参加する事はあり得ない。むしろ、そんな事を母上が言い出すのなら、その場で始末して俺が四葉家を継ぐ」

 

 

 既に真夜から次期当主としての内定をもらっており、分家にもその事を伝えられているので、真夜に万が一の事があれば達也が四葉家を継ぐ事になっており、また達也には真夜に『万が一』を与える事が出来るだけの魔法技量がある。ましてや真夜の魔法は達也に相性が悪く、二人が戦えば確実に達也が勝利する事は深雪も理解していた。

 

「それだけの覚悟があるのなら、もう心配はありません。元々あまり心配はしていませんでしたが、達也様は四葉家に命じられたらいなくなってしまうのではないかという不安が、心のどこかにあったものでして……」

 

「前にも言ったが、お前を残してどこかに行くつもりは無い。たとえこの世の全てが敵になろうと、俺はお前の側を離れるつもりは無いからな」

 

「はい、達也様。たとえこの世の全てが達也様を否定なさったとしても、私だけは最後まで達也様の味方です」

 

「前々から少し難しい表情を浮かべていたのは、それが原因だったのかい?」

 

 

 達也に気付かれていたと分かり、深雪は少し恥ずかしげに視線を逸らして頷く。

 

「達也様が私たちを残して何処かに行ってしまうなどありえないと分かってはいたのですが、例え僅かな不安でも懐いてしまうと気になってしまいまして……ですが、こうして達也様に断言してもらえたので、今後は気にする事は無いでしょう」

 

「ひょっとしたら他の婚約者たちも、多かれ少なかれ思っていた事かもしれないし、こうして直に聞いてもらえた方が、俺としてもありがたい事なんだがな」

 

「だって、今更聞けないじゃないですか。達也様は既にディオーネー計画に参加する事は無いと断言しているのに、私たちがもしかしたらなんて思っているだなんて」

 

「そうやって内に秘めて悶々とされるくらいなら、はっきり言ってもらった方がこちらとしても気持ちが楽になるんだと、他の人たちにも分かってもらう必要があるのかもしれない」

 

「そうですね」

 

 

 達也が他の婚約者たちの事を考えているこの状況が、深雪にとって少し面白くない。だがここで嫉妬して子供っぽいと思われるのも避けたかったので、深雪は複雑な思いで達也の言葉に相槌を打っていた。

 

「どうかしたのか?」

 

 

 そんな深雪の思いを見透かして、達也は深雪の顔を見詰めそう尋ねた。達也に見つめられたことで深雪の思考は停止し、慌てて首を左右に振った。

 

「な、何でもありません! それよりも、そろそろ寝ませんか? 明日も学校があるわけですし」

 

「そうだな。深雪がそういうなら、今日はそうしようか」

 

「で、では! 私はベッドの準備をしますので……五分ほどしたらお越しください」

 

 

 そそくさと部屋に逃げ込んだ深雪を見て、達也は何がマズかったのだろうかと首を傾げたが、答えを導き出す事は出来なかった。




もちろん別々のベッドですよ?

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